2007.02.26 Monday
《第七》 吾輩と運動
画/北川健次
吾輩は近頃運動を始めた。猫のくせに運動なんてきいた風だと一概に冷罵(れいば)し去る手合いにちょっと申し聞けるが、そういう人間だってつい近年までは運動の何ものたるを解せずに、食って寝るのを天職のように心得ていたではないか。※無事是貴人(ぶじこれきにん/静かで落ち着いた境地に安らいでいる人こそ高貴な人である)とか称えて、懐手(ふところで)をして座布団から腐れかかった尻を離さざるをもって、『旦那の名誉』と、やにさがって暮らしたのは覚えているはずだ。
運動をしろの、牛乳を飲めの、冷水を浴びろの、海の中へ飛びこめの、夏になったら山の中へこもって当分霞(かすみ)を食らえのと、くだらぬ注文を連発するようになったのは、西洋から神国へ伝染した最近の病気で、やはりペスト、肺病、神経衰弱の一族と心得ていいくらいだ。
※「無事是貴人」
禅語。人為の入りこみようのない、静かで落ち着いた境地に安らいでいる人こそ高貴な人である。
【臨済録】『示衆』三に「無事是れ貴人、但だ造作すること莫かれ、祇だ是れ平常なれ」とある。