「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第八》 ぐるりの事


映画(1936) より

 垣巡りという運動を説明した時に、主人の庭を結(ゆ)いめぐらしてある竹垣の事をちょっと述べたつもりであるが、この竹垣の外がすぐ隣家、すなわち南隣の次郎(じろ)ちゃんとこと思っては誤解である。家賃は安いがそこは苦沙弥先生である。与(よ)っちゃんや次郎ちゃんなどと号する、いわゆるちゃんづきの連中と、薄っぺらな垣一重を隔ててお隣り同志の親密なる交際は結んでおらぬ。


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《第八》 ぐるりの事2




 この垣の外は五、六間(約11mほど)の空き地であって、その尽くるところに檜(ひのき)がこんもりと五、六本並んでいる。縁側から拝見すると、向こうは茂った森で、ここに往む先生は野中の一軒家に、無名の猫を友にして日月(じつげつ)を送る江湖(こうこ)の処士(官吏にもならず、富も名誉も望まず、平凡な生活に甘んじている人。「江湖」は「世間」の意)であるかのごとき感がある。ただし檜の枝は、吹聴(ふいちょう)するごとく密生しておらんので、その間から群鶴館(ぐんかくかん)という、名前だけ立派な安下宿の安屋根が遠慮なく見えるから、先に申したような先生を想像するのには、よほど骨の折れるのはむろんである。


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《第八》 ぐるりの事3


長山靖生「吾輩は猫である」の謎(1998 文春新書) より

 しかしこの下宿が群鶴館なら先生の居(きょ)はたしかに臥竜窟(がりょうくつ/まだ世に知られないでいる大人物が住んでいる所)くらいな価値はある。名前に税はかからんからお互いにえらそうな奴を勝手次第につける事として、この幅五、六間(約9〜11m)の空き地が、竹垣を添うて東西に走る事約十間(約18mほど)、それからたちまち鉤(かぎ)の手に屈曲して、臥竜窟の北面を取り囲んでいる。この北面が騒動の種である。本来なら空き地を行き尽くしてまた空き地、とかなんとか威張ってもいいくらいに家の二側(ふたがわ)を包んでいるのだが、臥竜窟(がりょうくつ)の主人はむろん、窟内の霊猫たる吾輩すらこの空き地には手こずっている。


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《第八》 ぐるりの事4



 南側に檜(ひのき)が幅を利かしているごとく、北側には桐(きり)の木が七、八本行列している。もう周囲一尺くらいにのびているから、下駄屋さえ連れてくればいい値になるんだが、借家の悲しさには、いくら気がついても実行はできん。主人に対しても気の毒である。
 せんだって学校の小使いが来て枝を一本切って行ったが、その次に来た時は新しい桐の俎下駄(まないたげた/男ものの大きな下駄)をはいて、『この間の枝でこしらえました』と聞きもせんのに吹聴(ふいちょう)していた。ずるい奴だ。
 桐はあるが、吾輩及び主人家族にとっては一文にもならない桐である。『玉を抱いて罪あり』(玉(宝石の一種)のような貴重なものを持てば、罪のないものにも不幸が訪れる)という古語があるそうだが、これは『桐を生やして銭(ぜに)なし』と言ってもしかるべきもので、いわゆる宝の持ち腐れである。愚なるものは主人にあらず、吾輩にあらず、家主の伝兵衛である。『いないかな、いないかな、下駄屋はいないかな』と桐の方で催促しているのに知らん顔をして家賃ばかり取り立てにくる。
 吾輩は別に伝兵衛に恨みもないから彼の悪口をこのくらいにして、本題に戻ってこの空き地が騒動の種であるという珍譚(ちんだん)を紹介つかまつるが、決して主人に言ってはいけない。これぎりの話である。


『玉を抱いて罪あり』
【『左伝』】桓公十年のくだりに周のことわざとして引用されている。


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《第八》 ぐるりの事5


映画(1936) より

 そもそもこの空き地に関して第一の不都合なる事は垣根のない事である。吹き払い、吹き通し、抜け裏、通行ごめん、天下晴れての空き地である。あると言うと嘘をつくようでよろしくない。実を言うとあったのである。しかし話は過去へさかのぼらんと原因がわかからない。原因がわかからないと、医者でも処方に迷惑する。だからここへ引っ越して来た当時からゆっくりと話し始める。



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《第八》 ぐるりの事6


映画(1936) より

 吹き通しも夏はせいせいして心持ちがいいものだ。不用心だって金のないところに盗難のあるはずはない。だから主人の家に、あらゆる塀、垣、ないしは乱杭、逆茂木(さかもぎ/敵の侵入を防ぐために、先端を鋭くとがらせた木の枝を外に向けて並べ、結び合わせた柵)の類はまったく不要である。しかしながら、これは空き地の向こうに住まいする人間、もしくは動物の種類いかんによって決せらるる問題であろうと思う。従ってこの問題を決するためには、勢い、向こう側に陣取っている君子の性質を明らかにせんければならん。人間だか動物だかわからない先に君子と称するのははなはだ早計のようではあるが、たいてい君子で間違はない。『梁上(りょうじょう)の君子』などと言って泥棒さえ君子と言う世の中である。ただし、この場合における君子は決して警察の厄介になるような君子ではない。警察の厄介にならない代わりに、数でこなした者とみえてたくさんいる。うじゃうじゃいる。落雲館(らくうんかん)と称する私立の中学校――八百の君子をいやが上に君子に養成するために毎月二円の月謝を徴集する学校である。名前が落雲館だから風流な君子ばかりかと思うと、それがそもそもの間違いになる。その信用すべからざる事は群鶴館(ぐんかくかん)に鶴の下りざるごとく、臥竜窟に猫がいるようなものである。学士とか教師とか号するものに主人・苦沙弥君のごとき気違いのある事を知った以上は、落雲館の君子が風流漢ばかりでないという事がわかる訳だ。それがわからんと主張するなら、まず三日ばかり主人のうちへ泊まりにきてみるがいい。


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《第八》 君子の事


画/近藤浩一路

 前(ぜん)申すごとく、ここへ引っ越しの当時は、例の空き地に垣がないので、落雲館の君子は車屋の黒のごとくのそのそと桐畑に入りこんできて、話をする、弁当を食う、笹の上に寝転ぶ――いろいろの事をやったものだ。それからは弁当の死骸、すなわち竹の皮、古新聞、あるいは古草履(ふるぞうり)、古下駄、「ふる」という名のつくものをたいがいここへ棄てたようだ。無頓着なる主人は存外平気に構えて、別段抗議も申しこまずに打ち過ぎたのは、知らなかったのか、知っても咎(とが)めんつもりであったのかわからない。
 ところが彼ら諸君子は学校で教育を受くるに従って、だんだん君子らしくなったものとみえて、次第に北側から南側の方面へ向けて蚕食(さんしょく/蚕が桑の葉を食うように、他の領域を片端からだんだんと侵していくこと)を企だててきた。蚕食という語が君子に不似合いならやめてもよろしい。ただしほかに言葉がないのである。彼らは水草を追うて居を変ずる砂漠の住民のごとく、桐の木を去って檜(ひのき)の方に進んで来た。檜のある所は座敷の正面である。よほど大胆なる君子でなければこれほどの行動は取れんはずである。
 一両日ののち、彼らの大胆はさらに一層の大を加えて大々胆(だいだいたん)となった。教育の結果ほど恐しいものはない。彼らは単に座敷の正面に迫るのみならず、この正面において歌をうたいだした。なんという歌か忘れてしまったが、決して三十一文字の類(たぐい)ではない、もっと活発で、もっと俗耳(ぞくじ)に入りやすい歌であった。驚いたのは主人ばかりではない、吾輩までも彼ら君子の才芸に嘆服(たんぷく)して覚えず耳を傾けたくらいである。しかし読者もご案内であろうが、嘆服という事と邪魔という事は時として両立する場合がある。この両者がこの際、はからずも合して一となったのは、今から考えてみても返す返す残念である。主人も残念であったろうが、やむを得ず書斎から飛び出して行って、『ここは君らの入る所ではない、出たまえ』と言って、二、三度追い出したようだ。


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《第八》 君子の事2


画/小沢良吉

 ところが教育のある君子の事だから、こんな事でおとなしく聞く訳がない。追い出されればすぐ入る。入れば活発なる歌をうたう。高声に談話をする。しかも君子の談話だから一風違って、おめえだの知らねえのと言う。そんな言葉は御維新前は折助(おりすけ/近世、武家で使われた下男の異称)と雲助(くもすけ/江戸時代、街道の宿駅や渡し場などで、荷物の運搬や駕籠(かご)かきなどを仕事としていた無宿の者)と三助(さんすけ/銭湯で、風呂を沸かしたり、客の背中を流したりする男)の専門的知識に属していたそうだが、二十世紀になってから教育ある君子の学ぶ唯一の言語であるそうだ。一般から軽蔑せられたる『運動』が、かくのごとく今日(こんにち)歓迎せらるるようになったのと同一の現象だと説明した人がある。
 主人はまた書斎から飛び出して、この君子流の言葉にもっとも堪能なる一人をつらまえて、なぜここへ入るかと詰問したら、君子はたちまち「おめえ知らねえ」の上品な言葉を忘れて「ここは学校の植物園かと思いました」とすこぶる下品な言葉で答えた。主人は将来を戒めて放してやった。放してやるのは亀の子のようでおかしいが、実際、彼は君子の袖をとらえて談判したのである。このくらいやかましく言ったらもうよかろうと主人は思っていたそうだ。ところが実際は女〓【〓は「女へん」に「咼」】氏(じょかし)の時代から予期と違うもので、主人はまた失敗した。


「女〓」[〓は「女へん」に「咼」
中国古代の伝説的女性。神人とも女帝ともいう。蛇身人間であるとも、伏義の妹とも后とも伝えられる。五色の石で青空をおおい、芦灰を積んで洪水をとめ、黄二から人をつくったとも言うが、これは予期に反して失敗したとも伝えられる。


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《第八》 君子の事3


映画(1936) より

 今度は北側から邸内を横断して表門から抜ける。表門をガラリと開けるからお客かと思うと桐畑の方で笑う声がする。形勢はますます不穏である。教育の功果はいよいよ顕著になってくる。気の毒な主人は、こいつは手に合わんと、それから書斎へ立てこもって、うやうやしく一書を落雲館校長に奉って、「少々お取り締まりを」と哀願した。校長も丁重なる返書を主人に送って、「垣をするから待ってくれ」と言った。


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《第八》 君子の事4


画/近藤浩一路

 しばらくすると二、三人の職人が来て半日ばかりの間に主人の屋敷と落雲館の境に、高さ三尺(約1m)ばかりの四つ目垣ができあがった。これでようよう安心だと主人は喜んだ。主人は愚物である。このくらいの事で君子の挙動の変化する訳がない。


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