「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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横浜のトラ猫さんと姥子問答 [1]

横浜のトラ猫さんという方からメールを頂きました。どうもありがとうございます。

はじめまして。
姥子温泉について調べておりましたところ、貴サイトに辿りつきました。
画像の趣ある日本家屋はきっと秀明館に違いない、と思い
休みを利用してさっそく出かけてみました。
箱根にも秘湯があった事に感激いたしました。
お聞きしたいのですが、
漱石は秀明館に行ったことがあるのでしょうか ?
小説に出てくる姥子温泉は秀明館のことなのでしょうか ?
もしご存知でしたら、ご教示いただきたく
お願い申し上げます。

絵も文章も素晴らしく、楽しみながら学べるところが素敵なので
貴サイトを、家族皆に伝えました。
これからも、楽しみに読ませていただきます。

                                トラ猫

温泉調べからウチのサイトに ! いろいろな方に見られているんだなぁ。嬉しいですね、特に最後の三行 (笑)。でも、姥子温泉の秀明館って…。
久しぶりに「猫」ブログを読み返すと、2007年8月20日付でアップした、《第拾一》こと第十一章に使った図版の古い建物が姥子温泉の宿・秀明館だったのです。
当時のわたくしとしては、雰囲気重視で姥子の明治っぽい宿の画をセレクトした…記憶がおぼろですね…だけのようですが、宿名までは覚えていませんでした。



漱石の作品および人生と温泉は、切っても切れない縁あり。

・「坊つちやん」(1906年 明治39)の道後温泉
→愛媛県の温泉。1895年、松山中学時代に堪能。
・「草枕」(1906年 明治39) の小天温泉
→熊本県の温泉、オアマと読む。1897年暮れから翌年正月まで逗留。作中では那古井 (ナコイ) 温泉になっている。現在、那古井館という宿あり。
・「二百十日」(1906年 明治39) の内牧温泉
→熊本県の温泉。ウチノマキと読む。現在は阿蘇内牧温泉。1899年9月、阿蘇登山の折に逗留。
・「思ひ出す事など」(1910〜11年 明治43〜44) の修善寺温泉
→静岡県伊豆の温泉。1910年8月、ここで胃潰瘍療養中の漱石が大量吐血し、危篤状態に陥った。いわゆる“修善寺の大患”。
・「明暗」(1916年 大正5 遺作) の湯河原温泉
→神奈川県の温泉。同年1月、リューマチ治療のため逗留。

…といったように、作品に登場する温泉の描写はほぼ、逗留した時の記憶に基づいたもののようです。
ですから、「吾輩は猫である」(1905〜06年 明治38〜39) で迷亭 (苦沙弥先生と同様に、漱石のもう1人の分身。2006年12月15日にアップした、《第二》の解説を参照のこと) が語る姥子温泉にも行っているはずなのですが、これは何時なのか ?

面白そうなので、調べてみることにしました。

※この項についての文責は、J・KOYAMAにあります。
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