「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第一》 わがままな人間


映画(1975) より


 吾輩の尊敬する筋向こうの白君などは逢うたびごとに、人間ほど不人情なものはないと言っておらるる。白君は先日、玉のような子猫を四匹産まれたのである。ところがそこのうちの書生が、三日目にそいつを裏の池へ持って行って四匹ながら捨ててきたそうだ。白君は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我ら猫族が親子の愛を完(まった)くして美しい家族的生活をするには、人間と戦ってこれを掃滅(そうめつ)せねばならぬと言われた。いちいちもっともの議論と思う。
 また隣の三毛君などは、人間が所有権という事を解していないと言っておおいに憤慨している。元来、我々同族間ではメザシの頭でもボラのへそでも、一番先に見つけたものがこれを食う権利があるものとなっている。もし相手がこの規約を守らなければ腕力に訴えてよいくらいのものだ。しかるに彼ら人間はちっともこの観念がないとみえて、我らが見つけた御馳走は必ず彼らのために掠奪(りゃくだつ)せらるるのである。彼らはその強力を頼んで正当に吾人が食いうべきものを奪って、澄ましている。
 白君は軍人の家におり三毛君は代言(弁護士の旧称)の主人を持っている。吾輩は教師の家に住んでいるだけ、こんな事に関すると両君よりもむしろ楽天である。ただその日その日がどうにかこうにか送られればよい。いくら人間だって、そういつまでも栄える事もあるまい。まあ、気を永く猫の時節を待つがよかろう。


「ボラのへそ」
ボラの胃のこと。筋肉層が発達しており、塩焼きなどで賞味される。




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