「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第一》 無名の猫で


画/漱石

 赤松の間に二、三段の紅を綴った紅葉は、昔の夢のごとく散って、つくばいに近く、かわるがわる花びらをこぼした紅白の山茶花(さざんか)も残りなく落ち尽くした。
 三間半(さんげんはん/一間は約1.8m)の南向きの縁側に冬の日脚が早く傾いて、木枯らしの吹かない日はほとんどまれになってから吾輩の昼寝の時間もせばめられたような気がする。
 主人は毎日学校へ行く。帰ると書斎へ立てこもる。人が来ると、教師がいやだいやだと言う。水彩画もめったにかかない。タカヂアスターゼ(胃薬)も功能がないと言ってやめてしまった。子供は感心に休まないで幼稚園へかよう。帰ると唱歌を歌って、毬(まり)をついて、時々吾輩をしっぽでぶら下げる。
 吾輩は御馳走も食わないから別段太りもしないが、まずまず健康でびっこにもならずにその日その日を暮らしている。ネズミは決してとらない。おさんは未だに嫌いである。名前はまだつけてくれないが、欲をいっても際限がないから、生涯この教師のうちで無名の猫で終わるつもりだ。

※第一章は雑誌「ホトトギス」第八巻第四号(明治38年1月1日 ほとゝぎす発行所)に掲載された。タイトル・署名は「吾輩は猫である 漱石」。 (J・KOYAMA)

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