「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
<< December 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

《第二》 浮気な男


画/鏑木清方 「秋宵」


「ふん、そしてその女というのは何者かね」と主人は羨ましそうに問いかける。元来主人は平常、枯木寒巌(こぼくかんがん/情味がないことの形容)のような顔つきはしているものの、実のところは決して婦人に冷淡な方ではない。かつて西洋のある小説を読んだら、その中にある一人物が出てきて、それがたいていの婦人には必ずちょっと惚れる。勘定をしてみると往来を通る婦人の七割弱には恋着するという事が諷刺的(ふうしてき)に書いてあったのを見て、これは真理だと感心したくらいな男である。そんな浮気な男がなぜ牡蠣的生涯を送っているかというのは、吾輩猫などにはとうていわからない。ある人は失恋のためだとも言うし、ある人は胃弱のせいだとも言うし、またある人は金がなくて臆病な性質(たち)だからだとも言う。どっちにしたって明治の歴史に関係するほどな人物でもないのだから構わない。しかし寒月君の女連れを羨まし気に尋ねた事だけは事実である。
 寒月君はおもしろそうに口取(くちとり)のカマボコを箸で挟んで半分前歯で食い切った。吾輩はまた欠けはせぬかと心配したが今度は大丈夫であった。
「なに、二人ともさる所の令嬢ですよ、ご存じの方じゃありません」と、よそよそしい返事をする。
「ナール」と主人は引っ張ったが「ほど」を略して考えている。



第二章 CHAP.2 | permalink | comments(0) | - | - | - |
【前のページ】<< 《第二》 椎茸と合奏会 | 【TOP】 |《第二》 二人で散歩に >>【次のページ】



この記事に対するコメント

コメントする










RECENT COMMENTS
MOBILE
qrcode
PROFILE