「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第二》 日記の芸者


画/丹羽和子 
 

池の端の待合の前で芸者が裾模様の春着をきて羽根をついていた。衣装は美しいが顔はすこぶるまずい。なんとなくうちの猫に似ていた。


 なにも顔のまずい例に特に吾輩を出さなくってもよさそうなものだ。吾輩だって喜多床(きたどこ)へ行って顔さえ剃ってもらやあ、そんなに人間と違ったところはありゃしない。人間はこううぬぼれているから困る。 


 宝丹(ほうたん)の角を曲がるとまた一人芸者が来た。これは背のすらりとした撫で肩の恰好よくできあがった女で、着ている薄紫のきものも素直に着こなされて上品に見えた。白い歯を出して笑いながら「源ちゃんゆうべは――つい忙しかったもんだから」と言った。ただしその声は旅ガラスのごとくしゃがれておったので、せっかくの風采(ふうさい)もおおいに下落したように感ぜられたから、いわゆる源ちゃんなるもののいかなる人なるかを振り向いて見るも面倒になって、懐手のまま御成道(おなりみち)へ出た。寒月はなんとなくそわそわしているごとく見えた。



「喜多床」
当時、東京大学正門の筋向かいにあった理髪店。

「宝丹」
当時、下谷区池之端仲町にあった守田宝丹本舗。
「宝丹」は解毒剤の名前。


※漱石も作中の主人みたいに街で見かけ、ちょっと惚れた女性について日記に書いている。“鰹節屋のおかみさん”は明治42年(1909)の日記に3回も登場する。曰く「歌麿のかいた女」。
散歩の度あまり見つめるので、亭主が変な顔してこっちを眺めるようになり、それからはあまり見ぬように取り決めた…というオチが付く。(J・KOYAMA)





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