「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第二》 餅の魔


画/村上 豊

 今朝見たとおりの餅が、今朝見たとおりの色で椀の底に膠着(こうちゃく)している。白状するが餅というものは今までいっぺんも口に入れた事がない。見ると、うまそうにもあるし、また少しは気味がわるくもある。前足で上にかかっている菜っ葉をかき寄せる。爪を見ると餅の上皮が引っ掛かってねばねばする。嗅いでみると釜の底の飯をお櫃(おはち/飯びつ)へ移す時のようなにおいがする。
 食おうかな、やめようかな、とあたりを見まわす。幸か不幸か誰もいない。おさんは暮れも春も同じような顔をして羽根をついている。子供は奥座敷で「なんとおっしゃるウサギさん」を歌っている。食うとすれば今だ。もしこの機をはずすと、来年までは餅というものの味を知らずに暮らしてしまわねばならぬ。吾輩はこの刹那に猫ながらひとつの真理を感得した。

「得難き機会はすべての動物をして、好まざる事をもあえてせしむ」

 吾輩は実を言うとそんなに雑煮を食いたくはないのである。否、椀底の様子を熟視すればするほど気味が悪くなって、食うのがイヤになったのである。この時もし、おさんでも勝手口を開けたなら、奥の子供の足音がこちらへ近づくのを聞こえたなら、吾輩は惜し気もなく椀を見捨てたろう。しかも雑煮の事は来年まで念頭に浮かばなかったろう。
 ところが誰も来ない、いくら躊躇(ちゅうちょ)していても誰も来ない。早く食わぬか食わぬかと催促されるような心持ちがする。吾輩は椀の中をのぞきこみながら、早く誰か来てくれればいいと念じた。
 やはり誰も来てくれない。
 吾輩はとうとう雑煮を食わなければならぬ。最後にからだ全体の重量を椀の底へ落とすようにして、あぐりと餅の角を一寸(約3cm)ばかり食いこんだ。


※初出の「ホトトギス」では子供が“何とおっしゃるオサルさん”と歌っている。子供が歌詞をちがえて歌う場合もあるからあながち間違いともいえん。単行本化の際に修訂されているが、初出を重視した全集で“オサルさん”を使用しているものもある。(J・KOYAMA)
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