「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第三》 筆太に


映画(1975) より

 今日は上天気の日曜なので、主人はのそのそ書斎から出て来て、吾輩のそばへ筆硯(ふですずり)と原稿用紙を並べて腹ばいになって、しきりになにかうなっている。おおかた草稿を書きおろす序開き(じょびらき)として妙な声を発するのだろうと注目していると、ややしばらくして筆太に「香一〓」【〓は「火へん」に「主」】(こういっしゅ/香(こう)のひとくゆり)と書いた。はてな、詩になるか、俳句になるか、香一〓【〓は「火へん」に「主」】とは、主人にしては少し洒落過ぎているがと思う間もなく、彼は香一〓【〓は「火へん」に「主」】を書きっ放しにして、新たに行を改めて「さっきから天然居士(てんねんこじ)の事を書こうと考えている」と筆を走らせた。筆はそれだけで、はたととまったぎり動かない。主人は筆を持って首をひねったが別段名案もないものとみえて筆の穂をなめだした。くちびるが真っ黒になったと見ていると、今度はその下へちょいと丸をかいた。丸の中へ点を二つうって目をつける。真ん中へ小鼻の開いた鼻をかいて、真一文字に口を横へ引っぱった、これでは文章でも俳句でもない。主人も自分で愛想が尽きたとみえて、そこそこに顔を塗り消してしまった。


天然居士
第一高等学校以来の漱石の親友・米山保三郎が円覚寺管長・今北洪川からもらった居士(こじ)号。
東京帝国大学大学院で「空間論」という題で哲学を研究していた彼は、明治30年(1897)チフスで死んだ。



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