「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第三》 ジャムを幾罐



「あなた、ちょっと」と呼ぶ。
「なんだ」と主人は水中で銅鑼(どら)を叩くような声を出す。返事が気にいらないとみえて、細君はまた「あなた、ちょっと」と出直す。
「なんだよ」と今度は鼻の穴へ親指と人さし指を入れて鼻毛をぐっと抜く。
「今月はちっと足りませんが……」
「足りんはずはない、医者へも薬礼はすましたし、本屋へも先月払ったじゃないか。今月は余らなければならん」と、すまして、抜き取った鼻毛を天下の奇観のごとくながめている。
「それでもあなたがごはんを召し上がらんでパンをお食べになったり、ジャムをおなめになるものですから」
「元来ジャムは幾缶なめたのかい」
「今月は八ついりましたよ」
「八つ? そんなになめた覚えはない」
「あなたばかりじゃありません、子供もなめます」
「いくらなめたって五、六円くらいなものだ」と、主人は平気な顔で鼻毛を一本一本丁寧に原稿紙の上へ植えつける。肉がついているのでピンと針を立てたごとくに立つ。主人は思わぬ発見をして感じいった体(てい)で、ふっと吹いてみる。粘着力が強いので決して飛ばない。「いやに頑固だな」と主人は一生懸命に吹く。



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