「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第四》 忍び込む


画/北川健次

 例によって金田邸へ忍びこむ。
 例によってとは今さら解釈する必要もない。しばしばを二乗したほどの度合いを示す言葉である。一度やった事は二度やりたいもので、二度試みた事は三度試みたいのは人間にのみ限らるる好奇心ではない。猫といえどもこの心理的特権を有してこの世界に生まれ出でたものと認定していただかねばならぬ。三度以上繰り返す時初めて、習慣なる語を冠せられて、この行為が生活上の必要と進化するのもまた人間と相違はない。
 なんのために、かくまで足繁く金田邸へ通うのかと不審を起こすならその前にちょっと人間に反問したい事がある。なぜ人間は口から煙を吸いこんで鼻から吐き出すのであるか、腹の足しにも血の道の薬にもならないものを、恥ずかし気もなく吐呑(とどん)してはばからざる以上は、吾輩が金田に出入りするのをあまり大きな声で咎(とが)めだてをしてもらいたくない。金田邸は吾輩の煙草である。



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