「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第四》 築山の陰


画/村上豊

 近頃は、勝手口の横を庭へ通り抜けて、築山(つきやま)の陰から向こうを見渡して、障子が立て切って物静かであるなと見極めがつくと、そろそろ上がりこむ。もし人声が賑やかであるか、座敷から見透かさるる恐れがあると思えば、池を東へまわって雪隠(せついん/便所)の横から知らぬ間に縁の下へ出る。悪い事をした覚えはないからなにも隠れる事も恐れる事もないのだが、そこが人間という無法者に逢っては不運と諦めるよりしかたがないので、もし世間が熊坂長範(くまさかちょうはん/平安末期の伝説的盗賊)ばかりになったら、いかなる盛徳の君子もやはり吾輩のような態度に出ずるであろう。金田君は堂々たる実業家であるからもとより熊坂長範のように五尺三寸(約160cmの大太刀)を振りまわす気遣いはあるまいが、承るところによれば人を人と思わぬ病気があるそうである。人を人と思わないくらいなら猫を猫とも思うまい。してみれば猫たるものはいかなる盛徳の猫でも、彼の邸内で決して油断はできぬ訳である。しかしその油断のできぬところが吾輩にはちょっとおもしろいので、吾輩がかくまでに金田家の門を出入りするのも、ただこの危険が冒してみたいばかりかも知れぬ。それは追ってとくと考えた上、猫の脳裏を残りなく解剖しえた時、改めてご吹聴つかまつろう。


熊坂長範
奥州へ下る金売吉次を襲おうとして、美濃国赤坂(あるいは青墓(あおはか))の宿場で牛若丸に討たれたという。謡曲「熊坂」や浄瑠璃などに脚色されている

「五尺三寸」
謡曲「烏帽子折」に「五尺三寸の大太刀を、するりと抜いてうちかたげ……」とある。



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