「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
<< April 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

《第四》 金田家の客


画/下高原千歳

 今日はどんな模様だなと、例の築山の芝生の上にアゴを押しつけて前面を見渡すと、十五畳の客間を弥生の春に開け放って、中には金田夫婦と一人の来客とのお話最中である。あいにく鼻子夫人の鼻がこっちを向いて池越しに吾輩の額の上を正面からにらめつけている。鼻ににらまれたのは生まれて今日がはじめてである。金田君は幸い横顔を向けて客と相対しているから、例の平坦な部分は半分かくれて見えぬが、その代わり鼻のありかが判然しない。ただ、ゴマ塩色の口ヒゲがいい加減な所から乱雑に茂生(もせい)しているので、あの上に穴が二つあるはずだと結論だけは苦もなくできる。春風もああいうなめらかな顔ばかり吹いていたらさだめて楽だろうと、ついでながら想像をたくましゅうしてみた。
 お客さんは三人のうちで一番普通な容貌を有している。ただし普通なだけにこれぞと取り立てて紹介するに足るような造作は一つもない。普通と言うと結構なようだが、普通の極、平凡の堂に上がり、庸俗(ようぞく/凡庸)の室に入ったのはむしろ憫然(びんぜん/あわれむべきさま)の至りだ。かかる無意味なツラ構えを有すべき宿命を帯びて明治の昭代(しょうだい/よく治まっていて、栄えている世の中。太平の世。めでたい世)に生まれてきたのは誰だろう。例のごとく縁の下まで行ってその談話を承わらなくてはわからぬ。


「平凡の堂に上がり、庸俗の室に入った」
【『論語』】『子曰わく、由は 堂に升りて いまだ室に入らざるなり』
「上達はしたが、道の奥義を極めてはいない」の意。
ここではこれを逆用して、平凡庸俗におちいったこと。



第四章 CHAP.4 | permalink | comments(0) | - | - | - |
【前のページ】<< 《第四》 築山の陰 | 【TOP】 |《第四》 言語道断 >>【次のページ】



この記事に対するコメント

コメントする










RECENT COMMENTS
MOBILE
qrcode
PROFILE