「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第四》 言語道断


画/近藤浩一路

「……それで妻がわざわざあの男の所まで出掛けて行って様子を聞いたんだがね……」と金田君は例のごとく横風(おうふう/偉そうに人を見くだす態度)な言葉使いである。横風ではあるがちっとも峻嶮(しゅんけん)なところがない。言語も彼の顔面のごとく平板なばかりである。
「なるほど、あの男が水島さんを教えた事がございますので――なるほど、よいお思いつきで――なるほど」と、なるほどずくめのはお客さんである。
「ところがなんだか要領を得んので」
「ええ。苦沙弥じゃ要領を得ない訳で――あの男は私がいっしょに下宿をしている時分から実に煮え切らない――そりゃ、お困りでございましたろう」と、お客さんは鼻子夫人の方を向く。
「困るの、困らないのってあなた、私しゃこの年になるまで、人のうちへ行ってあんな不取り扱いを受けた事はありゃしません」と鼻子は例によって鼻嵐を吹く。
「なにか無礼な事でも申しましたか。昔から頑固な性分で――なにしろ十年一日のごとくリードル専門の教師をしているのでもだいたいおわかりになりましょう」と、お客さんはていよく調子を合わせている。
「いや、お話しにもならんくらいで。妻がなにか聞くとまるで剣もほろろの挨拶だそうで……」
「それはけしからん訳で――いったい少し学問をしているととかく慢心がきざすもので、その上貧乏をすると負け惜しみが出ますから――いえ、世の中にはずいぶん無法な奴がおりますよ。自分の働きのないのにゃ気がつかないで、むやみに財産のあるものに食ってかかるなんてえのが――まるで彼らの財産でもまきあげたような気分ですから驚きますよ。あははは」と、お客さんは大恐悦の体(てい)である。
「いや、まことに言語同断で。ああいうのは必竟(ひっきょう/つまるところ)世間見ずのわがままから起こるのだから、ちっと懲らしめのためにいじめてやるがよかろうと思って、少し当たってやったよ」
「なるほど。それではだいぶこたえましたろう。まったく本人のためにもなる事ですから」と、お客さんはいかなる当たり方か承らぬ先からすでに金田君に同意している。
「ところが鈴木さん。まあ、なんて頑固な男なんでしょう。学校へ出ても福地さんや津木さんには口もきかないんだそうです。恐れいって黙っているのかと思ったら、この間は罪もない宅の書生をステッキを持って追っかけたってんです――三十面(づら)さげて、よくまあ、そんな馬鹿な真似ができたもんじゃありませんか、まったくやけで少し気が変になってるんですよ」
「へえ。どうしてまたそんな乱暴な事をやったんで……」と、これにはさすがのお客さんも少し不審を起こしたとみえる。
「なあに、ただあの男の前をなんとか言って通ったんだそうです。すると、いきなりステッキを持ってはだしで飛び出して来たんだそうです。よしんば、ちっとやそっと何か言ったって子供じゃありませんか、ヒゲヅラの大僧(おおぞう)のくせに、しかも教師じゃありませんか」
「さよう。教師ですからな」と、お客さんが言うと、金田君も「教師だからな」と言う。教師たる以上はいかなる侮辱を受けても木像のようにおとなしくしておらねばならぬとは、この三人の期せずして一致した論点とみえる。



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