「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第四》 言語道断2


当時のビール広告

「それに、あの迷亭って男はよっぽどな酔狂人ですね。役にも立たない嘘八百を並べ立てて。わたしゃあんなへんてこな人にゃ初めて逢いましたよ」
「ああ、迷亭ですか。あいかわらず法螺(ほら)を吹くとみえますね。やはり苦沙弥の所でお逢いになったんですか。あれにかかっちゃたまりません。あれも昔、自炊の仲間でしたが、あんまり人を馬鹿にするものですからよく喧嘩をしましたよ」
「誰だって怒りまさあね、あんなじゃ。そりゃ嘘をつくのもようござんしょうさ。ね、義理が悪いとか、ばつを合せなくっちゃあならないとか――そんな時には誰しも心にない事を言うもんでさあ。しかしあの男のはつかなくってすむのにやたらにつくんだから始末におえないじゃありませんか。なにが欲しくってあんなでたらめを――よくまあ、しらじらしく言えると思いますよ」
「ごもっともで。まったく道楽からくる嘘だから困ります」
「せっかくあなた、真面目に聞きに行った水島の事もめちゃめちゃになってしまいました。わたしゃ業腹(ごうはら)で忌々(いまいま)しくって――それでも義理は義理でさあ、人のうちへ物を聞きに行って知らん顔の半兵衛もあんまりですから、後で車夫にビールを一ダース持たせてやったんです。ところがあなた、どうでしょう。『こんなものを受け取る理由がない、持って帰れ』って言うんだそうで。『いえ、お礼だから、どうかお取り下さい』って車夫が言ったら――にくいじゃあありませんか、『俺はジャムは毎日なめるがビールのような苦いものは飲んだ事がない』って、ふいと奥へ入ってしまったって――言い草に事を欠いて、まあどうでしょう。失礼じゃありませんか」
「そりゃ、ひどい」と、お客さんも今度は本気にひどいと感じたらしい。


※「猫」ワールドには登場しないが、広告に描かれているように明治38年(1905)当時、少数ではあったが自動車は存在している。フランス商人によって輸入された車が東京を初めて走ったのは明治31年、明治37年には国産車が完成していた。当時の風俗を敏感に取りいれた作風なのに映画(活動写真)と同様に出てこないのは、「猫」の落語的世界観にそぐわないモノとして漱石がわざとオミットしたから?(J・KOYAMA)
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