「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第六》 迷亭のパナマ帽



 ところへ主人が、いつになくあまりやかましいので、寝つきかかった目を逆(さか)に扱(こ)かれたような心持ちで、ふらふらと書斎から出て来る。
「あいかわらずやかましい男だ。せっかくいい心持ちに寝ようとしたところを」と、あくびまじりに仏頂面をする。
「いや、お目覚めかね。鳳眠(ほうみん)を驚かし奉ってはなはだあいすまん。しかしたまにはよかろう。さあ、座りたまえ」と、どっちが客だかわからぬ挨拶をする。
 主人は無言のまま座に着いて、寄せ木細工の巻煙草入れから「朝日」を一本出してすぱすぱ吸い始めたが、ふと向こうの隅に転がっている迷亭の帽子に目をつけて「君、帽子を買ったね」と言った。
 迷亭はすぐさま「どうだい」と自慢らしく主人と細君の前に差し出す。
「まあ、きれいだこと。大変目が細かくって柔らかいんですね」と細君はしきりに撫でまわす。
「奥さん、この帽子は重宝ですよ、どうでも言う事を聞きますからね」と、ゲンコツをかためてパナマ(南アメリカ産のパナマ草の若葉を細く裂き、白くさらして編んだ夏帽子)の横ッ腹をぽかりと張りつけると、なるほど意のごとく拳(こぶし)ほどな穴があいた。細君が「へえ」と驚く間もなく、今度はゲンコツを裏側へ入れてうんと突っ張ると、釜の頭がぽかりととんがる。次には帽子を取って鍔(つば)と鍔とを両側から圧(お)しつぶしてみせる。潰れた帽子は麺棒で延ばした蕎麦のように平たくなる。それをかたっぱしから蓆(むしろ)でも巻くごとくぐるぐる畳む。「どうですこの通り」と丸めた帽子を懐中へ入れてみせる。
「不思議です事ねえ」と細君は帰天斎正一(きてんさいしょういち/西洋奇術師)の手品でも見物しているように感嘆すると、迷亭もその気になったものとみえて、右から懐中に収めた帽子をわざと左の袖口から引っ張り出して「どこにも傷はありません」と元のごとくに直して、人さし指の先へ釜の底を載せてくるくるとまわす。もうやめるかと思ったら最後にぽんと後ろへ投げてその上へどっさりと尻餅をついた。



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