「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第七》 吾輩と運動2


映画(1975) より

 もっとも吾輩は去年生まれたばかりで当年とって一歳だから、人間がこんな病気にかかり出した当時の有り様は記憶に存しておらん。のみならず、そのみぎりは浮き世の風中にふわついておらなかったに相違ないが、猫の一年は人間の十年にかけ合うと言ってもよろしい。我らの寿命は人間より二倍も三倍も短いにかかわらず、その短日月の間に猫一匹の発達は十分つかまつるところをもって推論すると、人間の年月と猫の星霜(せいそう/歳月)を同じ割合に打算するのははなはだしき誤謬(ごびゅう/間違い)である。第一、一歳何ケ月に足らぬ吾輩がこのくらいの見識を有しているのでもわかるだろう。主人の第三女などは数え年で三つだそうだが、知識の発達からいうといやはや鈍いものだ。泣く事と、寝小便をする事と、おっぱいを飲む事よりほかになんにも知らない。世を憂い、時を憤(いきどお)る吾輩などに比べると、からたわいのない者だ。


「星霜」
星は1年に天を1周し、霜は毎年降るところから、「歳月」の意。



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