「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第七》 吾輩と運動5



 それならなぜ魚がそんなに丈夫なのかといえば、これまた人間を待ってしかるのちに知らざるなりで、訳はない。すぐわかる。まったく潮水を呑んで始終海水浴をやっているからだ。海水浴の功能はそのように魚に取って顕著である。魚にとって顕著である以上は人間にとっても顕著でなくてはならん。1750年にドクトル・リチャード・ラッセル(イギリスの医者)『ブライトンの海水に飛びこめば四百四病即席全快』と大げさな広告を出したのは、遅い遅いと笑ってもよろしい。猫といえども相当の時機が到着すれば、みんな鎌倉あたりへ出かけるつもりでいる。ただし今はいけない。物には時機がある。御維新前の日本人が海水浴の功能を味わう事ができずに死んだごとく、今日(こんにち)の猫はいまだ裸体で海の中へ飛びこむべき機会に遭遇しておらん。急(せ)いては事を仕損んずる。今日のように築地(つきじ/海などを埋め立てた土地。東京都中央区にある町名)へ打っちゃられに行った猫が無事に帰宅せん間はむやみに飛びこむ訳にはいかん。進化の法則で我ら猫輩の機能が狂瀾怒濤(きょうらんどとう/物事の秩序がひどく乱れた状態)に対して適当の抵抗力を生ずるに至るまでは――換言すれば猫が『死んだ』と言う代わりに猫が『上がった』という語が一般に使用せらるるまでは――容易に海水浴はできん。


『ブライトンの海水に飛びこめば四百四病即席全快』
ブライトンは、ロンドンから南に向かって海に突き当たったあたり。保養地・海水浴場として有名な場所。リチャード・ラッセルは「water cure」と称される治療法を推奨していたことで有名。



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