「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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大倉書店のこと[1]


「猫」の単行本を出版した版元が大倉書店と服部書店の連名になっているのは皆様ご存じの通り。
この大倉書店というのは鈴木省三「日本の出版界を築いた人びと」(1985 柏書房)によると、当時日本橋にあった日本屈指の大出版社であったという。前身は天保4年(1833)創業の錦栄堂万屋、絵草子の出版・販売を営んでいた。
一方の服部書店は銀座にあり、最初は大倉分店服部書店であった。漱石夫人の回想「漱石の思ひ出」によると、大倉書店の番頭であった服部という人から出したいという申し出があり、大倉からもぜひ頼むと言う事でこの服部氏の手によって出版されたそうだ。
連名にはこんなワケがあったんですね。

参考 小田切靖明・榊原貴教「夏目漱石の研究と書誌」(2002 ナダ出版センター)
『猫』について about I AM A CAT | permalink | comments(13) | - | - | - |
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この記事に対するコメント

大倉書店の末裔の者です。大倉書店の事とりあげていただいてありがとうございます。


naoko | 2008/11/15 11:54 PM
naoko様、こんにちは。

まさか大倉孫兵衛さんの子孫の方からコメントいただけるとは、ありがとうございます。大倉書店から「猫」が刊行されなかったら、100年耐えるデザインの本になったかどうか。

この際お聞きしたいことはいろいろあるんですが…「猫」出版に尽力した番頭・服部国太郎さんについて何かご存じでしたらご教示願えませんか。生没年も自分の調べた範囲では不明なのです。
あと、「蔵に漱石と取り交わした出版契約書や原稿が残ってる」なんて事がもしあったらひっくり返って喜んじゃいます ! なーんて (笑) 。

今後とも当ブログをよろしくお願い致します。
J・KOYAMA | 2008/11/17 5:28 PM
あけましておめでとうございます。今日、たまたま夏目漱石で検索していて、これを見つけました。で、私の手元にある「吾輩は猫である」の奥付には、発行所は「大倉書店」だけです。ちなみに、明治44年6月27日発行の、大正6年10月10日35版発行の革表紙箱入りです。正価は1円30戦とあります。
| 2009/01/02 10:18 AM
お名前の記入がありませんのでどうお呼びしたらよいのか判りませんが、おめでとうございます。
こういうブログですが、今後ともよろしくお願い致します。

お持ちの「猫」は縮刷合本版のものですね。こちらの奥付は初版から大倉書店単独名義です。
うちにも大正9年の67版と昭和2年の124版があります。
「夏目漱石の研究と書誌」によると、昭和5年発行の129版が最終版と言われているそうですね。
今回この本を改めて読んで知ったのですが、各種資料や古書目録に総革製と油紙製両方の表記があるこの本の表紙は革装ではなく、“厚手の紙を革のように染めたもの”というのが正しいようですよ。
J・KOYAMA | 2009/01/03 10:05 PM
旧家であった知人が蔵を解体するのでいるものがあればということで行ったところ明治44年6月27日印刷 明治44年7月二日発行 大正10年10月20日 119版 夏目漱石の朱印 印刷者 大倉保五郎 印刷所 大倉印刷所 発行所 大倉書店 紫色の大倉書店 東京のまるいん 中野製本とあり 厚紙表紙で我輩ハ猫デアルと猫の金蒔絵 カマキリ2匹の下に大倉の金蒔絵があります 私は大金星をつかんだようですが評価のほどを
 らんらん | 2010/12/21 9:20 AM
友人の蔵で厚紙表紙の夏目漱石を見つけました 我輩ハ猫デアル 猫を金蒔絵まわりをねずみの型押し裏はカマキリ2匹の下に大倉とあり 明治44年6月27日印刷 明治44年7月2日発行 大正15年10月2日発行 定価弐円弐拾銭発行者 夏目漱石 夏目の朱印 発 行印刷所 大倉保五郎 印刷所 大倉印刷所 発行所 大倉印刷 紫色の大倉書店 東京の&#12958; 中野製本 私は大金星を掴んだ気持ちでいますがご評価をお願いいたします
らんらん | 2010/12/21 9:56 AM
らんらん様、こんにちは。

縮刷版の1巻本を蔵でゲットされたのですね。
当方は古書店主ではありませんし、現物も見ておりませんから評価は出来ませんが、おそらく万単位の価格が付くのではないでしょうか ?
ただ、骨董的な古書の価値は保存状態でも決まりますから、地元のそれなりな古書店へお尋ねになるのが良いでしょう。
…大切になさって下さい (鑑定団風)。

ただ、気になることが1点ありまして。
わたくしの持っている大正9年6月発行の縮刷版「猫」は67版 (今また確認しました) なのですが、119版をお持ちなのですね ?

らんらん様から頂いた2通のコメント、発行年が大正10年と大正15年のふた通りあるんですが、どっちが正しいのでしょう ?
フツーに考えると、大正15年が妥当と思われますが。もし回答いただけるのでしたら、またコメント下さい。

大正15年としても、6年間で52回も「猫」は増刷されたという事になり、コレまた凄い話ですね。
J・KOYAMA | 2010/12/21 2:01 PM
吾輩は猫であるを発行した大倉書店は、朝ドラ あさが来たで日本女子大の創建に多額の資金を出した森村財閥の親族です、女子大の付属豊明小学校(森村市左衛門の若くして亡くなった弟豊、息子明より名づけられている。森村はノリタケ森村学園、大倉はTOTOの前身です。吾輩は猫、出版後漱石が挿絵の中村不折にお陰様で売れ行き好評でありがとう等の要旨の手紙を送っています。
台東区不折書道博物館に残っています。子規からの不折宛ての柿食えば・・の奈良からの手紙がTV探偵団に出展されていた。大倉家は静岡県興津に別荘を構え、その隣は森村家の縁戚になった松方家の別荘がある。漱石も明治22年東海道線開通時興津に来遊し、友人になった子規に自作漢詩の批評を依頼しています。子規は死の直前まで療養に興津の地を要望していた
興津みかん | 2016/03/08 3:43 PM
興津みかん様、はじめまして。
貴重な情報、ありがとうございました。
明治22年(1889)といえば、夏目金之助が子規と親しさを増し、漱石という署名を初めて残した年でもあります。
静岡県興津には、兄であり遊び人だったらしい和三郎直矩(なおただ)の転地療養に付き合って、7月末に行ったようです。
海水浴をしたとか。
その地に、「猫」版元の大倉家別荘があったとは。

「猫」上巻出版は明治38年(1905)10月。それまで、大倉家と漱石の交流があったとは思えませんが、意外な接点はあるものですね。
森村家(明治には男爵家となる)は陶業で著名ですけど、先祖は舶来品を販売してました。当時から出版関係だった大倉家との出会いは、江戸末期なんですね。
それが徐々に陶業へ向かってゆくのは、まったく面白いです。

興津様は、ハンドルネームから推察するに、静岡の地元の方でしょうか。
何かお気付きの点がありましたら、またコメントくださいませ。
J・KOYAMA | 2016/03/15 9:37 AM
はじめまして。
大倉書店で検索をしている内、こちらに辿り着きました。
大倉家の方もコメントされているところで大変恐縮ではございますが・・・、以下、既にご存じのお話でしたらごめんなさい(^^ゞ。

漱石が服部國太郎を信用したのは、彼のいた大倉書店が幸野楳嶺や渡辺省亭など明治期の著名絵師の画帳(今で云う美術図録。外貨獲得のため主に輸出用)や医学書などの専門書を刊行する学究的な出版社であり、普通の小説を出す様な会社じゃなかったことが、学者であり美術好きの漱石の気持ちを大いにくすぐったと東京文化短期大学の岩切信一郎先生(平成20年当時)のお話を聴かせて頂いたことがあります。漱石は初めから英国留学で見た様な彼の地の本の如く美しい装丁にしたくて仕方が無かったのだと。日本で初めて装丁に「ヌーボー式」デザインを採用したのも、漱石の希望だったとか。結果、装丁にお金が掛かりすぎて、今のお金で売価10000円を超す様な仕上げになってしまったとも。

その時の講座の会場が、横浜市大倉山記念館でした。東急東横線の大倉山と云う駅名の由来は大倉書店(関東大震災の影響に因る出版廃業後も別事業の大倉洋紙店が存続)の大倉家に因むものなのです。(※ご参考までに http://www.okuraken.or.jp/kouenkai/ookura_kouen/ookura_kako/kouen_20/
陶園まごべえ | 2016/10/14 5:28 PM
陶園まごべえ様、初めまして。
貴重な話、ありがとうございます。
大倉書店が、地名の元にまで なっているとは知りませんでした。

漱石が「猫」出版にかけた情熱、『歴史夜話ヒストリア』あたりで取り上げて欲しいですね、ドラマ『夏目漱石の妻』が評判になったついでに…。

また何か、気になる点など ありましたら、コメント頂けると有難いです。

J・KOYAMA | 2016/10/19 9:54 AM
こんにちは!
facebookにて「夏目漱石ファンページ」を運営しているものです。
「吾輩は猫である」初版本のエントリーを作成していて、2版元が連名であるのはなぜかな…と調べていて、こちらを拝見しました。納得です。

もしよろしかったら、リンクをさせていただけませんでしょうか。
ご検討よろしくお願いたします!
Soseki Natsume.Fan, nakamura | 2016/11/30 8:59 AM
nakamura様、はじめまして。
フェイスブック上にも漱石のファンページがあるのですね。
冒頭からコメント文に「!」を使われているので、お若い方でしょうか?

リンクして頂けるのは喜ぶべきことと、一旦は思いましたが…フェイスブック経由で閲覧者が増えますと。
完成以来10年近く、ヒッソリ閲覧され続けている当サイト。
漱石の原文や初版などの挿絵はパブリックドメイン扱いでしょうが、多くのイラストと画像は、出典を明記しているとはいえ、当然ながら自己責任による無許可引用(私が加工したものも多数)です。
私が協力者を得て、こういう「猫」サイトが欲しいんだと、自己満足で作ったものですから、愛着はひとしお。
フェイスブック経由の閲覧数増加から、思わぬクレームが付きサイト継続に支障が出るかも…と、ふと思ったりしました。

nakamura様もサイトを運営しておられるので、この辺の「一抹の不安」は分かって頂けると思いますが。
フェイスブック系のリンクなしで、これまで通り何気に閲覧して頂くのが、サイトオーナー見解としては宜しいかと存じます。
ご返信、お待ちします。
J・KOYAMA | 2016/12/01 6:38 PM
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