「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第八》 君子の事


画/近藤浩一路

 前(ぜん)申すごとく、ここへ引っ越しの当時は、例の空き地に垣がないので、落雲館の君子は車屋の黒のごとくのそのそと桐畑に入りこんできて、話をする、弁当を食う、笹の上に寝転ぶ――いろいろの事をやったものだ。それからは弁当の死骸、すなわち竹の皮、古新聞、あるいは古草履(ふるぞうり)、古下駄、「ふる」という名のつくものをたいがいここへ棄てたようだ。無頓着なる主人は存外平気に構えて、別段抗議も申しこまずに打ち過ぎたのは、知らなかったのか、知っても咎(とが)めんつもりであったのかわからない。
 ところが彼ら諸君子は学校で教育を受くるに従って、だんだん君子らしくなったものとみえて、次第に北側から南側の方面へ向けて蚕食(さんしょく/蚕が桑の葉を食うように、他の領域を片端からだんだんと侵していくこと)を企だててきた。蚕食という語が君子に不似合いならやめてもよろしい。ただしほかに言葉がないのである。彼らは水草を追うて居を変ずる砂漠の住民のごとく、桐の木を去って檜(ひのき)の方に進んで来た。檜のある所は座敷の正面である。よほど大胆なる君子でなければこれほどの行動は取れんはずである。
 一両日ののち、彼らの大胆はさらに一層の大を加えて大々胆(だいだいたん)となった。教育の結果ほど恐しいものはない。彼らは単に座敷の正面に迫るのみならず、この正面において歌をうたいだした。なんという歌か忘れてしまったが、決して三十一文字の類(たぐい)ではない、もっと活発で、もっと俗耳(ぞくじ)に入りやすい歌であった。驚いたのは主人ばかりではない、吾輩までも彼ら君子の才芸に嘆服(たんぷく)して覚えず耳を傾けたくらいである。しかし読者もご案内であろうが、嘆服という事と邪魔という事は時として両立する場合がある。この両者がこの際、はからずも合して一となったのは、今から考えてみても返す返す残念である。主人も残念であったろうが、やむを得ず書斎から飛び出して行って、『ここは君らの入る所ではない、出たまえ』と言って、二、三度追い出したようだ。


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