「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第八》 君子の事2


画/小沢良吉

 ところが教育のある君子の事だから、こんな事でおとなしく聞く訳がない。追い出されればすぐ入る。入れば活発なる歌をうたう。高声に談話をする。しかも君子の談話だから一風違って、おめえだの知らねえのと言う。そんな言葉は御維新前は折助(おりすけ/近世、武家で使われた下男の異称)と雲助(くもすけ/江戸時代、街道の宿駅や渡し場などで、荷物の運搬や駕籠(かご)かきなどを仕事としていた無宿の者)と三助(さんすけ/銭湯で、風呂を沸かしたり、客の背中を流したりする男)の専門的知識に属していたそうだが、二十世紀になってから教育ある君子の学ぶ唯一の言語であるそうだ。一般から軽蔑せられたる『運動』が、かくのごとく今日(こんにち)歓迎せらるるようになったのと同一の現象だと説明した人がある。
 主人はまた書斎から飛び出して、この君子流の言葉にもっとも堪能なる一人をつらまえて、なぜここへ入るかと詰問したら、君子はたちまち「おめえ知らねえ」の上品な言葉を忘れて「ここは学校の植物園かと思いました」とすこぶる下品な言葉で答えた。主人は将来を戒めて放してやった。放してやるのは亀の子のようでおかしいが、実際、彼は君子の袖をとらえて談判したのである。このくらいやかましく言ったらもうよかろうと主人は思っていたそうだ。ところが実際は女〓【〓は「女へん」に「咼」】氏(じょかし)の時代から予期と違うもので、主人はまた失敗した。


「女〓」[〓は「女へん」に「咼」
中国古代の伝説的女性。神人とも女帝ともいう。蛇身人間であるとも、伏義の妹とも后とも伝えられる。五色の石で青空をおおい、芦灰を積んで洪水をとめ、黄二から人をつくったとも言うが、これは予期に反して失敗したとも伝えられる。


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