「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第九》 主人はあばた面5


これは浅草の勧工場。石黒敬章編「総天然色写眞版なつかしき東京」(1992 講談社)より

 いくら功徳になっても訓戒になっても、きたない者はやっぱりきたないものだから、物心がついて以来というもの、主人はおおいにあばたについて心配し出して、あらゆる手段を尽くしてこの醜態を揉みつぶそうとした。ところが宗伯老のかごと違って、いやになったからというて、そう急に打ちやられるものではない。今だに歴然と残っている。この歴然が多少気にかかるとみえて、主人は往来を歩くたびごとにあばたヅラを勘定して歩くそうだ。今日何人あばたに出逢って、その主は男か女か、その場所は小川町の勧工場(かんこうば)であるか、上野の公園であるか、ことごとく彼の日記につけこんである。


「小川町の勧工場」
神田小川町(現在の千代田区神田神保町)にあった東明館。「勧工場」は政府の勧業政策によってできた常設の商品陳列所で日用品・雑貨などを販売した。名店街風の変形デパートといった体で、今日のデパートの前身というべきもの。
明治11年に始まり、20年代を経て30年代にぞくぞくと創設され多くの客をひきつけた。


※小川町の勧工場は正確には小川勧業場。神田小川町十六にあった。(J・KOYAMA)


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