「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第九》 あれから七日目


画/岩崎年勝

 哲学者の意見によって落雲館との喧嘩を思い留まった主人は、その後、書斎に立てこもってしきりに何か考えている。彼の忠告をいれて静坐のうちに霊活なる精神を消極的に修養するつもりかもしれないが、元来が気の小さな人間のくせに、ああ陰気な懐手(ふところで)ばかりしていてはろくな結果の出ようはずがない。それより英書でも質に入れて芸者から喇叭節(ラッパぶし)でも習った方がはるかにマシだとまでは気がついたが、あんな偏屈な男はとうてい猫の忠告などを聞く気遣いはないから、まあ勝手にさせたらよかろうと五、六日は近寄りもせずに暮らした。
 今日はあれからちょうど七日目である。禅家などでは一七日(いちしちにち)を限って大悟して見せるなどと凄まじい勢いで結跏(けっか/結跏趺坐(けっかふざ)の略。「跏」は足の裏、「趺」は足の甲の意。両足の甲をそれぞれ反対のももの上にのせて押さえる形の座り方。禅定(ぜんじょう)修行の者が行う。蓮華坐(れんげざ))する連中もある事だから、うちの主人もどうかなったろう、死ぬか生きるかなんとか片づいたろうと、のそのそ縁側から書斎の入口まで来て室内の動静を偵察に及んだ。


「喇叭節」
「とことっとっと」というラッパの擬音を囃子ことばに取り入れ、明治38、39年頃にとても流行した唄。


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