「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第九》 稀代の机


映画(1936) より

 書斎は南向きの六畳で、日当りのいい所に大きな机が据えてある。ただ大きな机ではわかるまい。長さ六尺(約180cm)、幅三尺八寸(約114cm)、高さこれにかなうという大きな机である。むろんでき合いのものではない。近所の建具屋に談判して寝台兼机として製造せしめたる稀代(きたい/世にも稀な)の品物である。なんの故にこんな大きな机を新調して、またなんの故にその上に寝てみようなどという了見を起こしたものか、本人に聞いてみない事だからとんとわからない。ほんの一時のでき心で、かかる難物をかつぎこんだのかもしれず、あるいはことによると、一種の精神病者において我々がしばしば見いだすごとく、縁もゆかりもない二個の観念を連想して、机と寝台を勝手に結びつけたものかもしれない。とにかく奇抜な考えである。ただ奇抜だけで役に立たないのが欠点である。吾輩はかつて主人がこの机の上へ昼寝をして寝返りをする拍子に縁側へ転げ落ちたのを見た事がある。それ以来この机は決して寝台に転用されないようである。
 机の前には薄っぺらなメリンス(薄く柔らかい毛織物。モスリン)の座布団があって、煙草の火で焼けた穴が三つほどかたまってる。中から見える綿は薄黒い。この座布団の上に後ろ向きにかしこまっているのが主人である。鼠色によごれた兵児帯(へこおび)を、こま結びにむすんだ左右がだらりと足の裏へ垂れかかっている。この帯へじゃれついていきなり頭を張られたのはこないだの事である。めったに寄りつくべき帯ではない。


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