「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
<< August 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

《第九》 主人と鏡


画/柳井愛子

 まだ考えているのか、下手の考え(「休むに似たり」が省略されている)というたとえもあるのにと、後ろからのぞきこんでみると、机の上でいやにぴかぴかと光ったものがある。吾輩は思わず続け様に二、三度まばたきをしたが、こいつは変だとまぶしいのを我慢してじっと光るものを見つめてやった。するとこの光は机の上で動いている鏡から出るものだという事がわかった。しかし主人はなんのために書斎で鏡などを振りまわしているのであろう。鏡といえば風呂場にあるにきまっている。現に吾輩は、今朝風呂場でこの鏡を見たのだ。この鏡ととくに言うのは、主人のうちにはこれよりほかに鏡はないからである。主人が毎朝顔を洗った後で髪を分けるときにもこの鏡を用いる。――主人のような男が髪を分けるのかと聞く人もあるかもしれぬが、実際彼は他の事に無精なるだけ、それだけ頭を丁寧にする。吾輩が当家に参ってから今に至るまで、主人はいかなる炎熱の日といえども五分刈りに刈りこんだ事はない。必ず二寸くらいの長さにして、それをごたいそうに左の方で分けるのみか、右の端をちょっと跳ね返してすましている。これも精神病の徴候かもしれない。こんな気取った分け方はこの机といっこう調和しないと思うが、あえて他人に害を及ぼすほどの事でないから、誰もなんとも言わない。本人も得意である。


第九章 CHAP.9 | permalink | comments(0) | - | - | - |
【前のページ】<< 《第九》 稀代の机 | 【TOP】 |《第九》 髪の長い訳 >>【次のページ】



この記事に対するコメント

コメントする










RECENT COMMENTS
MOBILE
qrcode
PROFILE