2007.05.09 Wednesday
《第九》 鏡と自己研究3

フランス革命の当時、※物好きなお医者さんが改良首きり器械(ギロチン)を発明してとんだ罪をつくったように、初めて鏡をこしらえた人もさだめし寝覚めの悪い事だろう。しかし自分に愛想の尽きかけた時、自我の萎縮した折は、鏡を見るほど薬になる事はない。妍醜瞭然(けんしゅうりょうぜん/美醜が明白)だ。こんな顔でよくまあ人で候(そうろう)と反りかえって今日(こんにち)まで暮らされたものだと気がつくにきまっている。そこへ気がついた時が人間の生涯中、もっともありがたい期節である。自分で自分の馬鹿を承知しているほど尊(たっ)とく見える事はない。この自覚性馬鹿の前には、あらゆるえらがり屋がことごとく頭を下げて恐れいらねばならぬ。当人は昂然(こうぜん)として吾を軽侮嘲笑しているつもりでも、こちらから見るとその昂然たるところが恐れいって頭を下げている事になる。主人は鏡を見て己の愚を悟るほどの賢者ではあるまい。しかし我が顔に印せられる痘痕(とうこん)の銘(めい)くらいは公平に読み得る男である。顔の醜いのを自認するのは、心の賤しきを会得(えとく)する楷梯(かいてい)にもなろう。たのもしい男だ。これも哲学者からやりこめられた結果かもしれぬ。
※「物好きなお医者さんが改良首きり器械」
フランスの医師 Joseph Igunace Guillotin(1738 - 1814)が開発した断頭台(ギロチン)のこと。