「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第十》 もう七時ですよ


画/近藤浩一路

「あなた、もう七時ですよ」と、ふすま越しに細君が声を掛けた。主人は目が覚めているのだか寝ているのだか、向こうむきになったぎり返事もしない。返事をしないのはこの男の癖である。ぜひなんとか口を切らなければならない時は『うん』と言う。この『うん』も容易な事では出てこない。人間も返事がうるさくなるくらい無精になるとどことなく趣があるが、こんな人に限って女に好かれた試しがない。現在連れ添う細君ですらあまり珍重しておらんようだから、その他は推して知るべしと言ってもたいした間違いはなかろう。親兄弟に見離され、赤の他人の傾城(けいせい)に、かわいがらりょうはずがない、とある以上は、細君にさえモテない主人が、世間一般の淑女に気に入られるはずがない。なにも異性間に不人望な主人をこの際ことさらに暴露する必要もないのだが、本人において存外な考え違いをして、まったく年まわりのせいで細君に好かれないのだなどと理屈をつけていると迷いの種であるから、自覚の一助にもなろうかと親切心からちょっと申し添えるまでである。
 言いつけられた時刻に「時刻がきた」と注意しても、先方がその注意を無にする以上は、向こうをむいて『うん』しか発せざる以上は、その非は夫にあって妻にあらずと論定したる細君は、遅くなっても知りませんよという姿勢でホウキとハタキをかついで書斎の方へ行ってしまった。


「親兄弟に見離され、赤の他人の傾城(けいせい)に、かわいがらりょうはずがない」
常磐津『后の月酒宴島台』、通称『角兵衛』の常磐津と長唄の掛け合いの曲中で歌われる投げ節の一節。


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