「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
<< July 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

《第十》 御多角



 おさんはいっこう顧(かえり)みる景色がない。生まれついてのお多角だから人情に疎いのはとうから承知の上だが、そこをうまく泣きたてて同情を起こさせるのがこっちの手際である。今度はにゃごにゃごとやってみた。その泣き声は我ながら悲壮の音を帯びて、天涯(故郷を遠く離れた地)の遊子(ゆうし/旅人)をして断腸の思い(はらわたがちぎれるほど、悲しくつらいこと)あらしむる(異郷を旅する人に、深く旅愁を感じさせる)に足ると信ずる。
 おさんはてんとして(気にかけないで平然としているさま)顧(かえり)みない。この女は聾(つんぼ)なのかも知れない。聾では下女が勤まる訳がないが、ことによると猫の声だけには聾なのだろう。世の中には色盲というのがあって、当人は完全な視力をそなえているつもりでも、医者から言わせると片輪(かたわ)だそうだが、このおさんは声盲(せいもう)なのだろう。


第十章 CHAP.10 | permalink | comments(0) | - | - | - |
【前のページ】<< 《第十》 空腹になって参った2 | 【TOP】 |《第十》 しめ出しとのら犬 >>【次のページ】



この記事に対するコメント

コメントする










RECENT COMMENTS
MOBILE
qrcode
PROFILE