「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第十》 美妙の音



 こんなものを相手にして鳴いてみせたって、感応のあるはずはないのだが、そこがひもじい時の神頼み(「苦しい時の神頼み」のもじり)貧の盗みに恋の文(ふみ)(せっぱつまると人間はどんなことでもする、というたとえ)と言うくらいだから、たいていの事ならやる気になる。
 にゃごおうにゃごおうと、三度目には注意を喚起するために、ことさらに複雑なる鳴き方をしてみた。自分ではベートーべンのシンフォニーにも劣らざる美妙の音と確信しているのだが、おさんにはなんらの影響も生じないようだ。おさんは突然膝をついて揚げ板を一枚はねのけて、中から堅炭の四寸ばかり長いのを一本つかみ出した。それからその長い奴を七輪の角でぽんぽんとたたいたら、長いのが三つほどに砕けて近所は炭の粉で真っ黒くなった。少々は汁の中へも入ったらしい。おさんはそんな事に頓着する女ではない。ただちにくだけたる三個の炭を鍋の尻から七輪の中へ押しこんだ。とうてい吾輩のシンフォニーには耳を傾けそうにもない。


「貧の盗みに恋の文」
「貧の盗みに恋の歌」ということわざのもじり。
貧乏で生活が苦しいから盗みをはたらき、恋の悩みが辛いから歌をつくる。人間は、必要にせまられるとどんなことでもするようになるというたとえ。


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