「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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漱石先生が「猫」広告文を書くまで



明治38年1月1日発行の「ホトトギス」に掲載された「猫」が評判を呼んでのち、出版される経緯は先の“大倉書店のこと”で書いた通りですけれど、漱石が残した書簡の数々よりもう少し詳しく見てみます。

大ヒット作品ですから、出版したいという引き合いは彼方此方からあったと思うのですが、7月15日付中川芳太郎(八高教授、名古屋のヒトだ)宛書簡には“隆文館”という出版社から引き合いがあった旨書かれています。
ですが漱石が選んだのは大倉書店でした。出版を望んだ番頭・服部国太郎の押しが強かったからか、大倉書店が大出版社だったからか?その謎は次の手紙で分かりました。

版元が決まり、漱石は挿絵を依頼すべく画家・中村不折に8月7日付で番頭に託す持参状をしたためておるのですが、ここで「製本もなるべく美しくし、美術的なものを作る」という書店の意向を書いており、この条件が漱石を「うん」と言わせたと思われます。
不折への発注条件は「雅で滑稽なモノを」でした。

翌8月8日、ブックデザイン依頼の件で橋口五葉と会ったらしく、漱石は9日付で五葉に「表紙はやはり玉子色のとりの子紙の厚いものに朱と金で何か工夫して欲しい」旨書いています。処女出版なのにずいぶんと注文の多い漱石なり(笑)。

さらに8月11日付書簡で中川芳太郎に出版が決まったことを告げ、「美しい本を出すのは嬉しい。高くて売れなくてもいいから立派にしろと言ってやった。なんでも挿画やなんかするから壱円くらいになるだろうと思う。到底売れないね。売れなくても奇麗な本が愉快だ」などと書店が聞いたら怒りそうなことを書いております。けれどこのこだわりが百年後も通用する美本を産んだのですからなんでも言ってみるもんなのかも知れん。

そのあと9月15日頃泥棒に入られた事を書いている面白い書簡があったりしますが略して、10月6日ついに本「吾輩ハ猫デアル(上編)」が完成。定価は1円にわずかに届かぬ95銭なり。10日付野間真綱宛書簡に「一両日中に進呈する」と書いています。
翌11日には中川芳太郎に「(書店から)猫を二十二部もらった。金はまだ一文ももらわない」と書き、中川と鈴木三重吉にも本を送っています。
気になる初版部数ですが、「漱石全集 第二十七巻 別冊下」(1997 岩波書店)でも不明。ただ書店からもらった冊数の二十二部というのが何かのヒントになるかも。研究者の方、いかがでしょうか?

そのあと漱石の声を録音する話が持ち上がる(これは実際に行われるも現物は発見されていない)けれどこれも割愛。
10月29日付中村不折宛書簡では初版が20日にして売り切れ、二刷が印刷中と書いています。不折の挿画が売上げを助けた、とヨイショ(これと続く「漾虚集」の成功が不折を誇高=ほら吹きにし、漱石は袂を分かつ)。

11月2日には野村伝四に本郷の本屋で「文庫」(青少年向け投稿誌)を読んだら「夏目漱石の吾輩は猫である大枚壱円、金が余って困っている人でなければ買うべからず。くれても読むのが惜しいヤ」とあるのを見て、彼に二刷が出来たら送ってやろうかと書いている。「文庫」の記者小島烏水に頼めばいいだろう、とまで書いておるのでホントに送ったかも?

二刷の出来上がりにあわせ、服部国太郎に頼まれておったのか11月4日付で猫の広告文を書いていました。これは漱石自筆でどうぞ。


 「吾輩は猫である。名前はまだない。主人は教師である。迷亭は美学者、寒月は理学者、いづれも当代の変人、太平の逸民である。吾輩は幸いにして、この諸先生の知遇を辱(かたじけの)ふするを得て、ここにその平生を読者に紹介するの光栄を有するのである。……吾輩はまた、猫相応の敬意をもって金田令夫人の鼻の高さを読者に報道し得るを一生の面目と思ふのである。……」

実際に使用されたのかは分かりませんけれど、漱石先生ご機嫌であったことでしょうな。
印税も振り込まれたようで、野間真綱に二重廻し(和服の上に着る外套)を作りたいので君の行く洋服屋をウチによこしてくれ、と書いておる。ヨカッタヨカッタ(笑)。

※しろねこ師匠より、
くだんの「猫」広告文の初出は、「東京朝日新聞」明治38年11月15日、との資料がありマス。マイクロフィルムでなら当時の新聞が残ってると思いますから、たぶん正しいと思われ……。
とのことです。どうも。
初版の部数と印税額について、荒正人「漱石研究年表」(1974)によると“初版は千部か二千部かはっきりしない。一部95銭だから、印税は1割5分なので142円50銭か285円であろう”とのことでした。(J・KOYAMA)
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