「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第拾一》 本因坊の流儀じゃ


本因坊家第14世跡目、本因坊秀策。“碁聖”

「迷亭君、君の碁は乱暴だよ。そんな所へ入ってくる法はない」
「禅坊主の碁にはこんな法はないかもしれないが、本因坊(ほんいんぼう/囲碁の一流派。碁所四家の筆頭)の流儀じゃ、あるんだからしかたがないさ」
「しかし死ぬばかりだぜ」
『臣、死をだも辞せず、いわんや〓肩【「彑」の下に、「比」の間に「矢」】(ていけん/豚の肩肉)をや』(私は碁石が死ぬことなど恐れませんよ)、と。一つ、こう行くかな」
「そうおいでになった、と。よろしい。『薫風、南(みんなみ)より来たって、殿閣(宮殿)微涼を生ず』(初夏に吹く爽やかな南風が宮殿いっぱいに快適な涼しさを運んでくれる)。こう、継いでおけば大丈夫なものだ」
「おや、継いだのは、さすがにえらい。まさか、継ぐ気遣(きづか)いはなかろうと思った。ついでくりゃるな八幡鐘(はちまんがね)をと、こうやったら、どうするかね」
「どうするもこうするもないさ。一剣天に倚(よ)って寒し(迷いを捨てて決断すれば、頭上の剣はふりおろすよりほかはない)。――ええ、面倒だ。思い切って、切ってしまえ」


『臣、死をだも辞せず、いわんや〓【「彑」の下に、「比」の間に「矢」】肩をや』
【史記】『項羽本紀』の「鴻門の会」の故事を踏まえ、碁石の生き死にに合わせて言った言葉。
だが本来は、『臣、死をだも辞せず、いわんやをや」(私は死すら恐れませんのに、どうして酒を断る理由がありましょうか)となるところ。つまり、あいかわらずの迷亭のもじり言葉で、「私は碁石の死などおそれませんよ」といった意味合い。(囲碁の石は、対戦中、『生きる』(活きる)『死ぬ』、と表現される)
「〓肩【「彑」の下に、「比」の間に「矢」】(ていけん)」という言葉は、「鴻門の会」の故事を連想しやすくするために用いただけと思われます。

「薫風、南より来たって、殿閣微涼を生ず」
【唐詩記事】文宗(皇帝)と臣下の柳公権との聯句(漢詩で、二人以上の人が1句ないし数句ずつ作り、それを集めて1編の詩とするもの)で、文宗が「人、皆、炎熱に苦しむ。我は夏日の長きを愛す」と詠じたものに続けて、柳公権が「薫風、南より来たる。殿閣に微涼を生ず」と詠じた。→「世の中の人間が、熱い夏に苦しんでいるが、私は日の長い夏が大好きなのだ」と言ったらば、臣下が「いい南風ですね。この城に微かな涼を呼んでくれます」と続けた。
感じ方によって、同じ風でも「炎熱の風」と感じたり「薫風」と感じたりする。

「ついでくりゃるな八幡鐘を」
「継ぐ」と「(鐘を)つく」をかけたしゃれ。
八幡鐘は深川富ヶ岡八幡宮の鐘。江戸時代に時の鐘としてついた。
【清元『待人』文政5年】「ついてくりゃるな八幡鐘よ、可愛い男といちゃつきは、うまい仲町じゃないかいな」

「一剣天に倚って寒し」
【会元続略】蒙古襲来の際、無学禅師が北条時宗に言った言葉「両頭裁断すれば、一剣天に倚って寒し」から。
「あれかこれかの迷いを捨て去れば、物事の正邪善悪を判断する天与の判断力が、精神宇宙を貫いて存在しているのを感じることができる」。


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