「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第拾一》 鎌倉で万年漬


圓覚寺山門。独仙に感化された理野陶然が万年漬や麦飯を食い過ぎたのはここの僧堂。彼は後日腹膜炎で死んでしまった(第九章参照)。

「君のようなせわしない男と碁を打つのは苦痛だよ。考える暇も何もありゃしない。しかたがないから、ここへ一目(いちもく)入れて目にしておこう」
「おやおや、とうとう生かしてしまった。惜しい事をしたね。まさかそこへは打つまいと思って、いささか駄弁をふるって肝胆(かんたん)を砕いて(懸命に物事を行う。心を尽くす)いたが、やッぱり駄目か」
「当たり前さ。君のは打つのじゃない。ごまかすのだ」
「それが本因坊流、金田流、当世紳士流さ。――おい、苦沙弥先生、さすがに独仙君は鎌倉へ行って万年漬けを食っただけあって、物に動じないね。どうも敬々服々だ。碁はまずいが、度胸はすわってる」
「だから君のような度胸のない男は、少し真似をするがいい」と主人が後ろ向きのままで答えるやいなや、迷亭君は大きな赤い舌をぺろりと出した。独仙君はちっとも関せざるもののごとく「さあ、君の番だ」と、また相手を促した。


第十一章(最終章) CHAP.11 | permalink | comments(0) | - | - | - |
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