「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第拾一》 白黒丹念に



「うむ、そりゃそれでいいが、ここへ駄目(囲碁用語/両者の境にあってどちらの所有にもならない目)を一つ入れなくちゃいけない」
「よろしい。駄目、駄目、駄目と。それで片づいた。――僕はその話を聞いて、実に驚いたね。そんなところで君がヴァイオリンを独習したのは見上げたものだ。〓独【〓は「悸」の「禾」の代わりに「旬」】(けいどく/孤独で身寄りのないこと)にして不群(仲間や身内のないこと)なりと楚辞にあるが、寒月君はまったく明治の屈原(くつげん)だよ」
「屈原はいやですよ」
「それじゃ、今世紀のウェルテルさ。――なに、石を上げて勘定をしろ? やに物堅(ものがた)い性質(たち)だね。勘定しなくっても僕は負けてるからたしかだ」
「しかしきまりがつかないから……」
「それじゃ、君やってくれたまえ。僕は勘定所じゃない。一代の才人ウェルテル君がヴァイオリンを習い出した逸話を聞かなくっちゃ、先祖へ済まないから失敬する」と席をはずして、寒月君の方へすり出して来た。
 独仙君は丹念に白石を取っては白の穴を埋め、黒石を取っては黒の穴を埋めて、しきりに口の内で計算をしている。寒月君は話をつづける。


「〓独にして不群なり」
天性のすぐれて孤独であること。
【楚辞】九『抽志』に「既に〓独にして群せず」とある。
【〓は「悸」の「禾」の代わりに「旬」】

「屈原」
(前343頃 - 前277頃)戦国時代の楚の王族に生まれ、官につき懐王・襄王をたすけたが、讒言(ざんげん/事実を曲げたり、ありもしない事柄を作り上げたりして、その人のことを目上の人に悪く言うこと)にあって追放され、石をふところに抱き今の湖南の汨羅(べきら)の淵に身を投じ、不遇な生涯を閉じた。

「ウェルテル」
ゲーテの書簡体小説『若きヴェルテルの悩み』の主人公。人妻に失恋し、破れた後に自殺する主人公の煩悶や憂愁に満ちた心情が描かれる。


第十一章(最終章) CHAP.11 | permalink | comments(0) | - | - | - |
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