「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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「猫」ブログ本編終了に寄せて


画/司 修
おかげさまで、この「猫」ブログも全11章を無事完結することが出来ました。今日、ようやっと気になったところの直しが終わったのでこれを書いております。
そして協力していただいたしろねこ師匠に改めて感謝の意を表したいと思います。どうもありがとう。

・・・といいましてもこれで終わった訳じゃない、「猫」に関する小ネタはいろいろあり、月に数回レベルですが更新して行ければと思っています。また当方の知識不足による誤りやお気づきの点などありましたら直します、どしどしコメント下さい。さらに言うと「ウチには猫の生原稿があるんよ、一度見せてもいいんじゃがのう」というメールは特に歓迎です ! 死ぬまでに一度生原を見たいワタクシです。
・・・世間は広い、知られておらんこともまだまだ多い。虚子が手を入れたという第一章のオリジナル原稿だって旧家に死蔵されているかも知れんじゃないですか (笑)。

図版担当としてもうひとこと。全編に多くのイラストを蒐集・使用させていただきましたが、一部つながりの関係から失礼とは思いながらも直しておるものがあります。原本をお持ちの方は比べてもらい「ヘタな直しをしやがって!」とツッコミを入れながら見ていただくのも一興かと。

ともあれ、長年やってみたかったことがひとつ終わりました。
漱石は明治39年 (1906) 7月3日、「猫」脱稿を前にして虚子宛の手紙にこんな事を書いています。
「人間は自分の力も自分で試してみないうちは分からぬものに候。・・・古来の人間はたいがい自己を十分に発揮する機会がなくて死んだろうと思われ候。惜しいことに候。機会はなんでも避けないで、そのままに自分の力量を試験するのが一番かと存じ候。・・・小生はなにをしても自分は自分流にするのが自分に対する義務であり、かつ天と親とに対する義務だと思います。」
いいこと書いてるじゃないですか。
自分もナニカできる時間を得ておれる今のウチ、いろいろやっておきたいなと思っております。 (J・KOYAMA)
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