「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

猫の家[5]

現在(2006年9月上旬)の千駄木邸跡。石碑が建ってますが、モノクロ写真でしか見たことなかったから、こんなピンクなんで驚いたよ。

英国から帰国したあと神経衰弱で不安定だった漱石。
そんな彼に創作を勧めたのが雑誌ホトトギスを主宰し、文章勉強会も開いていた高浜虚子(1874-1959)で、この家で明治37(1904)年末から明治39(1906)年にかけて書かれたのが「吾輩は猫である」。
これが明治38年1月号のホトトギスに掲載されるや大評判となり、漱石は書く予定がなかった続編を待望され、明治39(1906)年まで書きついだのです。
創作に自信を得た漱石はやがて英文学者・大学講師から小説家へと転身を果たします。
創作のヒントになったであろう足の裏まで黒い猫が夏目家に迷い込んできたのは明治37年の6月の事だとか。作品中の家の内部や近所の様子は、全て千駄木邸界隈のソレだそうです。
滑稽=ギャグ満載ながら意外に全文読みとげるのがムツカシイ猫ですが、古今の挿画等をつなげて話の筋をナントカ追ってみると…ほら、深いでしょ? というわけで始まります。
『猫』について about I AM A CAT | permalink | comments(1) | - | - | - |
【前のページ】<< 猫の家[4] | 【TOP】 |このサイトの主旨 >>【次のページ】



この記事に対するコメント

管理者の承認待ちコメントです。
- | 2010/07/09 8:21 AM
コメントする










RECENT COMMENTS
MOBILE
qrcode
PROFILE