「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
<< July 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

文鳥 [4]


「坑夫」は明治41年(1908)1月1日より4月6日まで東京・大阪朝日新聞に連載。前年より書きためられていた。同年9月、春陽堂より明治40年発表の「野分」と併せ「草合」のタイトルで単行本化。




 その頃は日課として小説を書いている時分であった。飯と飯の間はたいてい机に向って筆を握っていた。静かな時は自分で紙の上を走るペンの音を聞く事ができた。









 伽藍(がらん)のような書斎へは誰も入って来ない習慣であった。筆の音に淋しさという意味を感じた朝も昼も晩もあった。しかし時々はこの筆の音がぴたりとやむ、またやめねばならぬ折もだいぶあった。その時は指のまたに筆を挟んだまま手の平へ顎(あご)を載せて、硝子(ガラス)越しに吹き荒れた庭を眺めるのが癖であった。それが済むと載せた顎を一応つまんでみる。それでも筆と紙がいっしょにならない時は、つまんだ顎を二本の指で伸ばしてみる。すると縁側で文鳥がたちまち千代千代(ちよちよ)と二声鳴いた。









 筆を擱(お)いて、そっと出て見ると、文鳥は自分の方を向いたまま、留り木の上から、のめりそうに白い胸を突き出して、高く千代と云った。三重吉が聞いたらさぞ喜ぶだろうと思うほどな美(い)い声で千代と云った。三重吉は今に馴れると千代と鳴きますよ、きっと鳴きますよ、と受け合って帰って行った。
 自分はまた籠のそばへしゃがんだ。文鳥は膨らんだ首を二、三度縦横に向け直した。やがて一団(ひとかたまり)の白い体がぽいと留り木の上を抜け出した。と思うときれいな足の爪が半分ほど餌壺の縁(ふち)から後ろへ出た。小指を掛けてもすぐ引っくり返りそうな餌壺は釣鐘(つりがね)のように静かである。さすがに文鳥は軽いものだ。なんだか淡雪(あわゆき)の精のような気がした。









 文鳥はつと嘴(くちばし)を餌壺の真ん中に落とした。そうして二、三度左右に振った。きれいにならして入れてあった粟がはらはらと籠の底にこぼれた。文鳥は嘴(くちばし)を上げた。のどの所でかすかな音がする。また嘴を粟の真ん中に落す。またかすかな音がする。その音が面白い。静かに聴いていると、丸くて細(こま)やかで、しかも非常に速(すみ)やかである。菫(スミレ)ほどな小さい人が、黄金(こがね)の槌(つち)で瑪瑙(めのう)の碁石(ごいし)でもつづけ様に敲(たた)いているような気がする。









 嘴(くちばし)の色を見ると紫を薄く混ぜた紅(べに)のようである。その紅がしだいに流れて、粟をつつく口尖(くちさき)の辺りは白い。象牙(ぞうげ)を半透明にした白さである。この嘴が粟の中へ入る時は非常に早い。左右に振り蒔(ま)く粟の珠(たま)も非常に軽そうだ。文鳥は身を逆さまにしないばかりに尖った嘴を黄色い粒の中に刺しこんでは、膨らんだ首を惜し気もなく右左へ振る。籠の底に飛び散る粟の数は幾粒だか分からない。それでも餌壺だけは寂然(せきぜん)として静かである。重いものである。餌壺の直径は一寸五分ほどだと思う。



文鳥 A JAVA SPARROW (SHORT STORY) | permalink | comments(0) | - | - | - |
【前のページ】<< 文鳥 [3] | 【TOP】 |文鳥 [5] >>【次のページ】



この記事に対するコメント

コメントする










RECENT COMMENTS
MOBILE
qrcode
PROFILE