「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第一》 わがままな人間


映画(1975) より


 吾輩の尊敬する筋向こうの白君などは逢うたびごとに、人間ほど不人情なものはないと言っておらるる。白君は先日、玉のような子猫を四匹産まれたのである。ところがそこのうちの書生が、三日目にそいつを裏の池へ持って行って四匹ながら捨ててきたそうだ。白君は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我ら猫族が親子の愛を完(まった)くして美しい家族的生活をするには、人間と戦ってこれを掃滅(そうめつ)せねばならぬと言われた。いちいちもっともの議論と思う。
 また隣の三毛君などは、人間が所有権という事を解していないと言っておおいに憤慨している。元来、我々同族間ではメザシの頭でもボラのへそでも、一番先に見つけたものがこれを食う権利があるものとなっている。もし相手がこの規約を守らなければ腕力に訴えてよいくらいのものだ。しかるに彼ら人間はちっともこの観念がないとみえて、我らが見つけた御馳走は必ず彼らのために掠奪(りゃくだつ)せらるるのである。彼らはその強力を頼んで正当に吾人が食いうべきものを奪って、澄ましている。
 白君は軍人の家におり三毛君は代言(弁護士の旧称)の主人を持っている。吾輩は教師の家に住んでいるだけ、こんな事に関すると両君よりもむしろ楽天である。ただその日その日がどうにかこうにか送られればよい。いくら人間だって、そういつまでも栄える事もあるまい。まあ、気を永く猫の時節を待つがよかろう。


「ボラのへそ」
ボラの胃のこと。筋肉層が発達しており、塩焼きなどで賞味される。




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《第一》 後架先生


画/近藤浩一路


 わがままで思い出したからちょっと吾輩の家の主人がこのわがままで失敗した話をしよう。元来、この主人は何といって人に勝(すぐ)れてできる事もないが、なんにでもよく手を出したがる。俳句をやって「ほととぎす」へ投書をしたり、新体詩「明星」へ出したり、間違いだらけの英文を書いたり、時によると弓に凝(こ)ったり、謡(うたい)を習ったり、またあるときはヴァイオリンなどをブーブー鳴らしたりするが、気の毒な事には、どれもこれも物になっておらん。そのくせ、やりだすと胃弱のくせにいやに熱心だ。後架(こうか/便所)の中で謡をうたって、近所で後架先生(こうかせんせい)と、あだ名をつけられているにも関せずいっこう平気なもので、「やはりこれは平の宗盛にて候(そうろう)」【謡曲「熊野(ゆや)」の冒頭で、ワキの宗盛が名乗る最初の句。初心者が習うことの多い曲】を繰り返している。みんなが「そら、宗盛だ」と吹き出すくらいである。


「ほととぎす」
俳句雑誌。明治30年、正岡子規が支援し、柳原極堂が松山にて編集発行人として創刊。翌年から高浜虚子が東京にて編集。
俳句の革新と普及に努め、写生文や小説などの発達にも貢献し、現在なお続刊中。子規や虚子と交友のあった漱石は、「吾輩は猫である」「坊っちゃん」を始め、多数の作品を掲載した。

「子規」とは「ホトトギス」の和名。結核を患って喀血していた子規が、血に啼くような声が特徴とされるホトトギスと自分とをかけて俳号としたとされる。


「新体詩」
伝統的な和歌や漢詩に対して、明治15年に外山正一らが刊行した『新体詩抄』に始まり、近代詩の母体となった源。

「明星」
明治33年、与謝野 寛(与謝野鉄幹)が新詩社の機関誌として創刊した詩歌雑誌。与謝野晶子、石川啄木、北原白秋らが活躍した。ロマン主義詩歌の中心勢力で、明治和歌革新の運動に貢献した。
明治41年、百号で廃刊。

「後架」
禅寺で、僧堂の後にかけわたして設けた洗面所。そのそばに便所があったことから、便所の意となる。


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《第一》 絵を描く決心


画/下高原千歳


 この主人がどういう考えになったものか、吾輩の住みこんでから一ケ月ばかりのちのある月の月給日に、大きな包みをさげてあわただしく帰ってきた。何を買ってきたのかと思うと、水彩絵の具と毛筆とワットマンという紙で、今日から謡や俳句をやめて絵を描く決心と見えた。果たして翌日から当分の間というものは、毎日毎日書斎で昼寝もしないで絵ばかり描いている。


「ワットマンという紙」
イギリス、Whatman 社製の紙。厚手の純白高級水彩画用紙。


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《第一》 美学者曰く


画/近藤浩一路

 しかしその描きあげたものを見ると何を描いたものやら誰にも鑑定がつかない。当人もあまりうまくないと思ったものか、ある日、その友人で美学とかをやっている人が来た時に次のような話をしているのを聞いた。
「どうもうまく描けないものだね。人のを見るとなんでもないようだが、みずから筆をとってみると今さらのようにむずかしく感ずる」これは主人の述懐である。なるほど、いつわりのないところだ。



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《第一》 アンドレア・デル・サルト


イタリアの画家(1486-1531)。
図版は「マリアの誕生」サンティッシマ・アヌンツィアータ聖堂前庭回廊、部分


 彼の友は金縁の眼鏡越しに主人の顔を見ながら、「そう初めから上手には描けないさ、第一、室内の想像ばかりで絵が描ける訳のものではない。昔、イタリアの大家アンドレア・デル・サルトが言った事がある。『絵を描くならなんでも自然その物を写せ。天に星辰あり。地に露華あり。飛ぶに禽あり。走るに獣あり。池に金魚あり。枯木に寒鴉あり。自然はこれ一幅の大活画(だいかつが)なり』、と。


「枯木に寒鴉あり」
「寒烏」(かんあ)は冬の烏のこと。枯木に烏がとまっている、冬の淋しい光景をいう。



天に星辰(せいしん)あり。
【天に星座あり。】
スバル
プレアデス星団(すばる)Photo by 深夜恒星講義


地に露華(ろか)あり。
【地にきらめく美しい露あり。】
露
Photo by NOION


飛ぶに禽(とり)あり。
禽


走るに獣(けもの)あり。
オオカミ


池に金魚あり。
金魚
Photo by BEIZ Graphics


枯木(こぼく)に寒鴉(かんあ)あり。
【枯木に寒ガラスあり】
カラス
Photo by MONさん


どうだ、君も絵らしい絵を描こうと思うなら、ちと写生をしたら」
「へえ。アンドレア・デル・サルトがそんな事を言った事があるかい。ちっとも知らなかった。なるほど、こりゃもっともだ。実にその通りだ」と主人はむやみに感心している。
 金縁の裏には嘲(あざ)けるような笑いが見えた。


「アンドレア・デル・サルト」
Andrea del Sarto(1486 - 1531)
ルネサンス期のイタリアの画家。



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《第一》 色が違う


映画(1975) より


 その翌日、吾輩は例のごとく縁側に出て心持ちよく昼寝をしていたら、主人が例になく書斎から出てきて吾輩の後ろでなにかしきりにやっている。ふと目が覚めて何をしているかと一分(いちぶ/約0.3cm)ばかり細目に目をあけて見ると、彼は余念もなくアンドレア・デル・サルトをきめこんでいる。吾輩はこの有り様を見て覚えず失笑するのを禁じえなかった。彼は彼の友に揶揄(やゆ)せられたる結果として、まず手初めに吾輩を写生しつつあるのである。
 吾輩はすでに十分寝た。あくびがしたくてたまらない。しかしせっかく主人が熱心に筆をとっているのを動いては気の毒だと思って、じっとしんぼうしておった。彼は今、吾輩の輪郭を描きあげて顔のあたりを色どっている。
 吾輩は自白する。吾輩は猫として決して上々の出来ではない。背といい毛並といい顔の造作といい、あえて他の猫に勝るとは決して思っておらん。しかしいくら不器量の吾輩でも、今、吾輩の主人に描き出されつつあるような妙な姿とは、どうしても思われない。
 第一、色が違う。
 吾輩はペルシア産の猫のごとく、黄を含める淡灰色に漆のごとき斑入(ふい)りの皮膚を有している。これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。しかるに今、主人の彩色を見ると、黄でもなければ黒でもない、灰色でもなければトビ色でもない、さればとてこれらを交ぜた色でもない。ただ一種の色であるというよりほかに評し方のない色である。
 その上、不思議な事は目がない。もっともこれは寝ているところを写生したのだから無理もないが目らしい所さえ見えないから、めくらだか寝ている猫だか判然しないのである。吾輩は心中ひそかに、いくらアンドレア・デル・サルトでもこれではしようがないと思った。しかしその熱心には感服せざるをえない。



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《第一》 馬鹿野郎


画/近藤浩一路


 なるべくなら動かずにおってやりたいと思ったが、さっきから小便をもよおしている。身内の筋肉はむずむずする。もはや一分も猶予ができぬ仕儀(しぎ)となったから、やむをえず失敬して両足を前へ存分のして、首を低く押し出して「あーあ」と大きなあくびをした。さてこうなってみると、もうおとなしくしていてもしかたがない。どうせ主人の予定はぶち壊したのだから、ついでに裏へ行って用を足そうと思ってのそのそ這い出した。すると主人は失望と怒りをかきまぜたような声をして、座敷の中から「この馬鹿野郎」と怒鳴った。この主人は人を罵るときは必ず馬鹿野郎と言うのが癖である。ほかに悪口の言いようを知らないのだからしかたがないが、今までしんぼうした人の気も知らないで、むやみに馬鹿野郎呼ばわりは失敬だと思う。それも平生、吾輩が彼の背中へ乗る時に少しはいい顔でもするならこの漫罵(まんば)も甘んじて受けるが、こっちの便利になる事は何ひとつ快くしてくれた事もないのに、小便に立ったのを馬鹿野郎とはひどい。元来、人間というものは自己の力量に慢じてみんな増長している。少し人間より強いものが出てきていじめてやらなくては、この先どこまで増長するかわからない。
 わがままもこのくらいなら我慢するが、吾輩は人間の不徳についてこれよりも数倍悲しむべき報道を耳にした事がある。



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《第一》 大王


映画(1975) より


 吾輩の家の裏に十坪ばかりの茶園がある。広くはないがさっぱりとした心持ちよく日の当たる所だ。うちの子供があまり騒いで楽々昼寝のできない時や、あまり退屈で腹加減のよくない折などは、吾輩はいつでもここへ出て浩然(こうぜん/心が広くゆったりとしているさま)の気を養うのが例である。
 ある小春(初冬の、穏やかで暖かい春に似た日和が続くころ。また、陰暦10月の異称)の穏かな日の二時頃であったが、吾輩は昼飯後、快よく一睡したのち、運動かたがたこの茶園へと歩を運ばした。茶の木の根を一本一本嗅ぎながら、西側の杉垣のそばまでくると、枯菊を押し倒してその上に大きな猫が前後不覚に寝ている。彼は吾輩の近づくのもいっこう心づかざるごとく、また心づくも無頓着なるごとく、大きないびきをして長々と体を横たえて眠っている。ひとの庭内に忍び入りたるものがかくまで平気に眠られるものかと、吾輩はひそかにその大胆なる度胸に驚かざるをえなかった。彼は純粋の黒猫である。わずかに正午を過ぎたる太陽は、透明なる光線を彼の皮膚の上になげかけて、きらきらする柔毛(にこげ)の間より目に見えぬ炎でも燃え出ずるように思われた。彼は猫中の大王とも言うべきほどの偉大なる体格を有している。吾輩の倍はたしかにある。


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《第一》 車屋の黒


映画(1975) より


 吾輩は嘆賞の念と好奇の心に、前後を忘れて彼の前に突っ立って余念もなくながめていると、静かなる小春の風が杉垣の上から出たる梧桐(ごとう)の枝を軽く誘って、ばらばらと2、3枚の葉が枯菊の茂みに落ちた。大王はかっとそのまんまるの目を開いた。今でも記憶している。その目は人間の珍重する琥珀(こはく)というものよりもはるかに美しく輝いていた。彼は身動きもしない。双眸(そうぼう)の奥から射るごとき光を吾輩の矮小(わいしょう)なる額の上にあつめて、「おめえはいったいなんだ」と言った。大王にしては少々言葉が卑しいと思ったが、なにしろその声の底に犬をも挫(ひ)しぐべき力がこもっているので吾輩は少なからず恐れを抱いた。しかし挨拶をしないと険呑(けんのん/危険な感じがするさま。また、不安を覚えるさま)だと思ったから「吾輩は猫である。名前はまだない」と、なるべく平気を装って冷然と答えた。しかしこの時、吾輩の心臓はたしかに平時よりも激しく鼓動しておった。彼はおおいに軽蔑せる調子で「なに、猫だ? 猫が聞いてあきれらあ。ぜんてえどこに住んでるんだ」ずいぶん傍若無人である。
「吾輩はここの教師のうちにいるのだ」
「どうせそんな事だろうと思った。いやに痩せてるじゃねえか」と大王だけに気炎を吹きかける。言葉つきから察するとどうも良家の猫とも思われない。しかしそのあぶらぎって肥満しているところを見ると御馳走を食ってるらしい、豊かに暮らしているらしい。吾輩は「そういう君はいったい誰だい」と聞かざるをえなかった。
「おれあ、車屋の黒(クロ)よ」(車屋の「車」は「人力車」の意)
 昂然(こうぜん)たるものだ。
 車屋の黒はこの近辺で知らぬ者なき乱暴猫である。しかし車屋だけに強いばかりでちっとも教育がないからあまり誰も交際しない。同盟敬遠主義の的(まと)になっている奴だ。吾輩は彼の名を聞いて少々尻こそばゆき感じを起こすと同時に、一方では少々軽侮(けいぶ)の念も生じたのである。吾輩はまず彼がどのくらい無学であるかを試してみようと思って次の問答をしてみた。
「いったい車屋と教師とはどっちがえらいだろう」
「車屋の方が強いにきまっていらあな。おめえのうちの主人を見ねえ、まるで骨と皮ばかりだぜ」
「君も車屋の猫だけにだいぶ強そうだ。車屋にいると御馳走が食えるとみえるね」
「なあに、おれなんざ、どこの国へ行ったって食い物に不自由はしねえつもりだ。おめえなんかも茶畑ばかりぐるぐるまわっていねえで、ちっとおれのあとへくっついて来てみねえ。一と月とたたねえうちに見違えるように肥れるぜ」
「追ってそう願う事にしよう。しかしうちは教師の方が車屋より大きいのに住んでいるように思われる」
「べらぼうめ、うちなんかいくら大きくたって腹の足しになるもんか」
 彼はおおいに肝癪(かんしゃく)に障(さわ)った様子で、寒竹(かんちく)をそいだような耳をしきりとぴくつかせて荒らかに立ち去った。吾輩が車屋の黒と知己(ちき)になったのはこれからである。


「犬をも挫しぐべき力」
人間なら「鬼をも挫しぐべき力」となるところ。猫だから鬼相当なものは犬。


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《第一》 イタチはこりごり



 その後、吾輩はたびたび黒と邂逅(かいこう/思いがけなく出会う)する。邂逅するごとに彼は車屋相当の気炎を吐く。先に吾輩が耳にしたという不徳事件も実は黒から聞いたのである。
 ある日、例のごとく吾輩と黒は暖かい茶畑の中で寝転びながらいろいろ雑談をしていると、彼はいつもの自慢話をさも新しそうに繰り返したあとで、吾輩に向かって質問した。「おめえは今までにネズミを何匹とった事がある?」
 知識は黒よりもよほど発達しているつもりだが、腕力と勇気とに至ってはとうてい黒の比較にはならないと覚悟はしていたものの、この問に接したる時は、さすがにきまりがよくはなかった。けれども事実は事実で偽る訳にはいかないから、吾輩は「実はとろうとろうと思ってまだとらない」と答えた。黒は彼の鼻の先からぴんと突っ張っている長いヒゲをびりびりと震わせて非常に笑った。元来黒は自慢をするだけにどこか足りないところがあって、彼の気炎を感心したようにノドをころころ鳴らして謹聴していれば、はなはだ御(ぎょ)しやすい猫である。吾輩は彼と近づきになってからすぐにこの呼吸を飲みこんだから、この場合にも、なまじ己を弁護してますます形勢をわるくするのも愚である、いっその事、彼に自分の手柄話をしゃべらしてお茶を濁すにしくはないと思案を定めた。そこでおとなしく「君などは年が年であるからだいぶんとったろう」と、そそのかしてみた。果然、彼は壁の破れめから突撃して来るように、まんまと誘い水にのってきた。「たんとでもねえが三、四十はとったろう」とは得意気なる彼の答えであった。
 彼はなお語をつづけて「ネズミの百や二百は一人でいつでも引き受けるが、イタチってえ奴は手に合わねえ。一度イタチに向かってひどい目に逢った」
「へえ、なるほど」と、あいづちを打つ。
 黒は大きな目をぱちつかせて言う。「去年の大掃除の時だ。うちの亭主が石灰の袋を持って縁の下へ這いこんだらおめえ、大きなイタチの野郎が面食らって飛び出したと思いねえ」
「ふん」と感心して見せる。
「イタチってけどもなに、ネズミの少し大きいぐれえのものだ。こんちきしょうって気で追っかけてとうとうドブの中へ追いこんだと思いねえ」
「うまくやったね」と喝采してやる。
「ところがおめえ、いざってえ段になると奴め最後っ屁(ぺ)をこきゃがった。臭えの臭くねえのって、それからってえものはイタチを見ると胸が悪くならあ」
 彼はここに至ってあたかも去年の臭気を今なお感ずるごとく前足を揚げて鼻の頭を二、三べんなでまわした。



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