「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第三》 本道楽


千駄木邸の書棚

「まあ、そんなに不平を言わんでもよいでさあ。こうやって不足なくその日その日が暮らしていかれれば上の分ですよ。苦沙弥君などは、道楽はせず、服装にも構わず、地味に所帯向きにできあがった人でさあ」と迷亭はガラにない説教を陽気な調子でやっている。
「ところがあなた、大違いで……」
「なにか内々でやりますかね。油断のならない世の中だからね」と飄然(ひょうぜん)とふわふわした返事をする。
「ほかの道楽はないですが、むやみに読みもしない本ばかり買いましてね。それもいい加減に見計らって買ってくれるといいんですけれど、勝手に丸善へ行っちゃ何冊でも取って来て、月末になると知らん顔をしているんですもの。去年の暮れなんか、月々のが溜まって大変困りました」
「なあに、書物なんか取って来るだけ取って来て構わんですよ。払いをとりに来たら、今にやる今にやると言っていりゃ帰ってしまいまさあ」
「それでもそういつまでも引っ張る訳にも参りませんから」と細君は憮然(ぶぜん)としている。


※主人の名が苦沙弥であることはここで初めて知れる。苗字はまだ分からない。(J・KOYAMA)



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《第三》 樽金


古代ローマの猫の記章

「それじゃ、訳を話して書籍費を削減させるさ」
「どうして、そんなことを言ったって、なかなか聞くものですか、この間などは『貴様は学者の妻(さい)にも似合わん、ちっとも書籍の価値を解しておらん。昔、ローマにこういう話がある。後学のため聞いておけ』と言うんです」
「そりゃおもしろい、どんな話ですか」迷亭は乗り気になる。細君に同情を表しているというより、むしろ好奇心に駆られている。
「なんでも昔ローマに樽金(たるきん)とかいう王様があって……」
「樽金(たるきん)? 樽金はちと妙ですぜ」
「私は唐人(とうじん)の名なんかむずかしくて覚えられませんわ。なんでも七代目なんだそうです」
「なるほど七代目樽金は妙ですな。ふん、その七代目樽金がどうかしましたかい」
「あら、あなたまで冷やかしては立つ瀬がありませんわ。知っていらっしゃるなら教えて下さればいいじゃありませんか、人の悪い」と、細君は迷亭へ食ってかかる。
「なに、冷やかすなんて、そんな人の悪い事をする僕じゃない。ただ七代目樽金はふるってると思ってね……ええ、お待ちなさいよ。ローマの七代目の王様ですね。こうっとたしかには覚えていないがタークィン・ゼ・プラウドの事でしょう。まあ誰でもいい、その王様がどうしました」
その王様の所へ一人の女が本を九冊持って来て、買ってくれないかと言ったんだそうです」
「なるほど」
「王様がいくらなら売るといって聞いたら大変な高い事を言うんですって。あまり高いもんだから少し負けないかと言うと、その女がいきなり九冊の内の三冊を火にくべて焼いてしまったそうです」
「惜しい事をしましたな」
「その本の内には予言かなにか、ほかで見られない事が書いてあるんですって」
「へえー」
「王様は九冊が六冊になったから少しは値も減ったろうと思って、六冊でいくらだと聞くと、やはり元の通り一文も引かないそうです。それは乱暴だと言うと、その女はまた三冊をとって火にくべたそうです。王様はまだ未練があったとみえて、余った三冊をいくらで売ると聞くと、やはり九冊分のねだんをくれと言うそうです。九冊が六冊になり、六冊が三冊になっても、代価は元の通り一厘も引かない。それを引かせようとすると、残ってる三冊も火にくべるかもしれないので、王様はとうとう高いお金を出して焼け余りの三冊を買ったんですって……『どうだ。この話で少しは書物のありがたみがわかったろう、どうだ』と、力むのですけれど、私にゃなにがありがたいんだか、まあ、わかりませんね」と細君は一家の見識を立てて迷亭の返答を促す。


「ローマの七代目の王様」
帝政ローマ時代の『ローマ皇帝』ではなく、古代、ローマ開闢の王政ローマ時代の王様。

「タークィン・ゼ・プラウド」
タルクィニウス・スペルブス
Lucius Tarquinius Superbus(英/Tarquin the Proud)
(在位前534 - 前510)
七代目にして最後のローマ王。残虐な暴君であったとされ、傲慢王(スペルブス)の名が与えられた。

女預言者シビュラ(sibylla)。シビュラの伝説はギリシア・ローマ神話として、ギリシア・小アジア・イタリア地方に広く伝えられている。

「焼け余りの三冊」
この3冊に、ローマの運命が書かれていた。



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《第三》 月並問答


画/柳井愛子

 さすがの迷亭も少々窮したとみえて、袂(たもと)からハンケチを出して吾輩をじゃらしていたが「しかし奥さん」と、急になにか考えついたように大きな声を出す。「あんなに本を買ってやたらに詰めこむものだから、人から少しは学者だとかなんとか言われるんですよ。この間、ある文学雑誌を見たら苦沙弥君の評が出ていましたよ」
「ほんとに?」と細君は向き直る。主人の評判が気にかかるのは、やはり夫婦とみえる。「なんと書いてあったんです」
「なあに、二、三行ばかりですがね。苦沙弥君の文は行雲流水(こううんりゅうすい/物事に執着せず、淡々として自然の成り行きに任せて行動することのたとえ)のごとし、とありましたよ」
 細君は少しにこにこして「それぎりですか」
「その次にね――出ずるかと思えばたちまち消え、逝(ゆ)いては長(とこしな)えに帰るを忘るとありましたよ」
 細君は妙な顔をして「ほめたんでしょうか」と、心もとない調子である。
「まあ、ほめた方でしょうな」と迷亭はすましてハンケチを吾輩の目の前にぶら下げる。
「書物は商売道具でしかたもござんすまいが、よっぽど偏屈でしてねえ」
 迷亭はまた別途の方面から来たなと思って「偏屈は少々偏屈ですね、学問をするものはどうせあんなですよ」と調子を合わせるような弁護をするような、どっちつかずの妙答をする。
「せんだってなどは学校から帰ってすぐわきへ出るのに、着物を着換えるのが面倒だものですから、あなた、外套(がいとう)も脱がないで、机へ腰をかけてごはんを食べるのです。お膳をコタツ櫓(やぐら)の上へ乗せまして――私はお櫃(おはち/飯びつ)を抱えて座っておりましたがおかしくって……」
「なんだかハイカラの首実検のようですな。しかしそんなところが苦沙弥君の苦沙弥君たるところで――とにかく月並みでない」と切ないほめ方をする。
「月並みか月並みでないか女にはわかりませんが、なんぼなんでもあまり乱暴ですわ」
「しかし月並みよりいいですよ」と、むやみに加勢すると、細君は不満な様子で「いったい、月並み月並みと皆さんが、よくおっしゃいますが、どんなのが月並みなんです」と開き直って月並みの定義を質問する。
「月並みですか、月並みと言うと――さよう、ちと説明しにくいのですが……」
「そんなあいまいなものなら月並みだってよさそうなものじゃありませんか」と細君は女人(にょにん)一流の論理法で詰め寄せる。
「あいまいじゃありませんよ、ちゃんとわかっています。ただ説明しにくいだけの事でさあ」
「なんでも自分の嫌いな事を月並みと言うんでしょう」と細君は我知らず穿(うが)った事を言う。
 迷亭もこうなるとなんとか月並みの処置をつけなければならぬ仕儀となる。



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《第三》 月並問答2


ドームの建物が白木屋 石黒敬章編「総天然色写眞版なつかしき東京」(1992 講談社)より

「奥さん、月並みと言うのはね、まず年は二八か二九からぬ言わず語らず物思いの間に寝転んでいて、この日や天気晴朗とくると必ず、一瓢(いっぴょう/ひょうたんひとつ。わずかな酒の意。ここでは、花見の酒のこと)を携えて墨堤(ぼくてい/隅田川の土手。花見の名所に遊ぶ連中を言うんです」
「そんな連中があるでしょうか」と細君はわからんものだからいい加減な挨拶をする。
「なんだかごたごたして私にはわかりませんわ」とついに我(が)を折る。
「それじゃ馬琴(ばきん)の胴へメジョオ・ペンデニスの首をつけて、一、二年欧州の空気で包んでおくんですね」
「そうすると月並みができるでしょうか」
迷亭は返事をしないで笑っている。
「なに、そんな手数のかかる事をしないでもできます。中学校の生徒に白木屋の番頭を加えて二で割ると立派な月並みができあがります」
「そうでしょうか」と細君は首をひねったまま納得しかねたという風情に見える。


「年は二八か二九からぬと言わず語らず物思い」
「二八」は16歳。(2×8=16)、「二九」は18歳。「二九」には、「憎(にく)からぬ」の掛詞の意もあり。妙齢の女性をいう決まり文句。
美女に囲まれ、酒を携え、花に遊ぶ。難解に言ってこそナンボの一文なので、注釈まみれ。

メジョオ・ペンデニス
Major Pendennis(ペンデニス少佐)
サッカレーの小説"The history of Pendennis"の登場人物。世俗的知識に富む俗物。

「白木屋」
1662年創業の呉服の老舗。1886年に洋服屋を併設した。後に東急日本橋店となったが、1999年に閉店し取り壊された。



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《第三》 首縊りの力学


猫の画/佐野洋子

「君、まだいるのか」と主人はいつの間にやら帰って来て迷亭のそばへ座る。
「まだいるのかはちと酷だな、すぐ帰るから待っていたまえと言ったじゃないか」
「万事あれなんですもの」と細君は迷亭を顧みる。
「今、君の留守中に君の逸話を残らず聞いてしまったぜ」
「女はとかく多弁でいかん。人間もこの猫くらい沈黙を守るといいがな」と主人は吾輩の頭を撫でてくれる。
「君は赤ん坊に大根おろしをなめさしたそうだな」
「ふむ」と主人は笑ったが「赤ん坊でも近頃の赤ん坊はなかなか利口だぜ。それ以来、『坊や、辛いのはどこ』と聞くと、きっと舌を出すから妙だ」
「まるで犬に芸を仕込む気でいるから残酷だ。時に寒月はもう来そうなものだな」
「寒月が来るのかい」と主人は不審な顔をする。
「来るんだ。午後一時までに苦沙弥のうちへ来いとハガキを出しておいたから」
「人の都合も聞かんで勝手な事をする男だ。寒月を呼んで何をするんだい」
「なあに、今日のはこっちの趣向じゃない。寒月先生自身の要求さ。先生、なんでも理学協会で演説をするとか言うのでね。その稽古をやるから僕に聞いてくれと言うから、そりゃちょうどいい。苦沙弥にも聞かしてやろう、というのでね。そこで君のうちへ呼ぶ事にしておいたのさ――なあに、君はひま人だからちょうどいいやね――さしつかえなんぞある男じゃない、聞くがいいさ」と迷亭はひとりで呑みこんでいる。
「物理学の演説なんか僕にゃわからん」と主人は少々迷亭の専断を憤(いきどお)ったもののごとくに言う。
「ところがその問題がマグネつけられたノッズル(磁気化されたノズル)についてなどという乾燥無味なものじゃないんだ。首くくりの力学という脱俗超凡(だつぞくちょうぼん)な演題なのだから傾聴する価値があるさ」
「君は首をくくりそこなった男だから傾聴するがいいが、僕なんざあ……」
「歌舞伎座で悪寒がするくらいの人間だから聞かれないという結論は出そうもないぜ」と、例のごとく軽口を叩く。細君はホホと笑って主人を顧みながら次の間へ退く。主人は無言のまま吾輩の頭を撫でる。この時のみは非常に丁寧な撫で方であった。


「首くくりの力学」
以下登場する寒月のこの演説は、19世紀のイギリスの科学者ホウトン(Samuel Haughton)が、物理学の学術誌『フィロソフィカル・マガジン』(1866年第32巻)に発表した論文『力学的並に生理学的に見たる首縊りに就いて』に、かなり忠実に基づいている。



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《第三》 寒月、演説の稽古


画/下高原千歳

 それから約七分くらいすると注文通り寒月君が来る。今日は晩に演説をするというので例になく立派なフロックコートを着て、洗濯したての白襟(カラー)をそびやかして、男ぶりを二割がた上げて「少しおくれまして」と落ちつき払って挨拶をする。
「さっきから二人で大待ちに待ったところなんだ。早速願おう、なあ、君」と主人を見る。主人もやむを得ず「うむ」と生返事(なまへんじ)をする。
 寒月君はいそがない。「コップへ水を一杯ちょうだいしましょう」と言う。
「いよー、本式にやるのか。次には拍手の請求とおいでなさるだろう」と迷亭はひとりで騒ぎたてる。
 寒月君は内隠しから草稿を取り出しておもむろに「稽古ですから、ご遠慮なくご批評を願います」と前置きをして、いよいよ演説のおさらいを始める。



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《第三》 寒月、演説の稽古2



「罪人を絞罪(こうざい)の刑に処するという事は、おもにアングロサクソン民族間に行われた方法でありまして、それより古代にさかのぼって考えますと首くくりはおもに自殺の方法として行われたものであります。
 ユダヤ人中にあっては、罪人を石を投げつけて殺す習慣であったそうでございます。旧約全書を研究してみますと、いわゆるハンギングなる語は罪人の死体をつるして野獣または肉食鳥の餌食(えじき)とする意義と認められます。ヘロドタスの説に従ってみますと、ユダヤ人はエジプトを去る以前から、夜中、死骸をさらされることを痛く忌(い)み嫌ったように思われます。
 エジプト人は罪人の首を斬って胴だけを十字架に釘づけにして夜中さらし物にしたそうでございます。ペルシア人は……」
「寒月君、首くくりと縁がだんだん遠くなるようだが大丈夫かい」と迷亭が口を入れる。
「これから本論に入るところですから、少々ごしんぼうを願います。……さてペルシア人はどうかと申しますと、これもやはり処刑には磔(はりつけ)を用いたようでございます。ただし生きているうちに磔(はりつけ)にいたしたものか、死んでから釘を打ったものか、その辺はちとわかりかねます……」
「そんな事はわからんでもいいさ」と主人は退屈そうにあくびをする。
「まだいろいろお話しいたしたい事もございますが、ご迷惑であらっしゃいましょうから……」
「『あらっしゃいましょう』より、『いらっしゃいましょう』の方が聞きいいよ。ねえ、苦沙弥君」と、また迷亭が咎(とが)めだてをすると、主人は「どっちでも同じ事だ」と気のない返事をする。
「さて、いよいよ本題に入りまして弁じます」
「『弁じます』なんか講釈師の言い草だ。演説家はもっと上品な言葉を使ってもらいたいね」と迷亭先生、またまぜ返す。
「『弁じます』が下品ならなんと言ったらいいでしょう」と寒月君は少々むっとした調子で問いかける。
「迷亭のは聞いているのか、まぜ返しているのか判然しない。寒月君、そんな野次馬に構わずさっさとやるがいい」と主人はなるべく早く難関を切り抜けようとする。
「『むっとして 弁じましたる 柳かな』、かね」と迷亭はあいかわらず飄然(ひょうぜん)たる事を言う。寒月は思わず吹き出す。


「ヘロドタス」
ヘロドトス Herodotus(前485年頃 - 前420年頃)
古代ギリシアの歴史家。



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《第三》 寒月、演説の稽古3


ブリューゲル 「絞首台の上のかささぎ」

「真に処刑として絞殺を用いましたのは、私の調べました結果によりますると、『オデュッセイア』(ホメロスの叙事詩)の二十二巻目に出ております。すなわち、彼(か)のテレマコスがペネロペーの十二人の侍女を絞殺するというくだりでございます。ギリシア語で本文を朗読してもよろしゅうございますが、ちと衒う(てらう/自分の学識を誇ってひけらかす)ような気味にもなりますからやめにいたします。四百六十五行から四百七十三行をご覧になるとわかります」
「ギリシア語云々(うんぬん)はよした方がいい、さもギリシア語ができますと言わんばかりだ。ねえ、苦沙弥君」
「それは僕も賛成だ、そんな物欲しそうな事は言わん方がおくゆかしくていい」と主人はいつになくただちに迷亭に加担する。両人はちっともギリシア語が読めないのである。
「それではこの二、三句は今晩抜く事にいたしまして次を弁じ――ええ、申し上げます。
 この絞殺を今から想像してみますと、これを執行するに二つの方法があります。第一は、彼(か)のテレマコスがエウマイオス及びフィオイティオスの助けをかりて縄の一端を柱へくくりつけます。そしてその縄の所々へ結び目を穴に開けて、この穴へ女の頭を一つずつ入れておいて、片方の端をぐいと引っ張って吊るし上げたものとみるのです」
「つまり西洋洗濯屋のシャツのように女がぶら下がったと見ればいいんだろう」
「その通りで。それから第二は、縄の一端を前のごとく柱へくくりつけて、他の一端もはじめから天井へ高く吊るのです。そしてその高い縄から何本か別の縄を下げて、それに結び目の輪になったのをつけて女の首を入れておいて、いざという時に女の足台を取りはずす、という趣向なのです」
「たとえて言うと、縄暖簾(なわのれん)の先へ提灯玉を吊したような景色と思えば間違いはあるまい」
「提灯玉という玉は見た事がないからなんとも申されませんが、もしあるとすればその辺のところかと思います。――それでこれから、力学的に第一の場合はとうてい成立すべきものでないという事を証拠だててご覧にいれます」
「おもしろいな」と迷亭が言うと「うん。おもしろい」と主人も一致する。
「まず女が同距離に吊られると仮定します。また一番地面に近い二人の女の首と首を繋いでいる縄は、ホリゾンタル(horizontal/水平)と仮定します。そこで

α1 α2 …… α6

を、縄が地平線と形づくる角度とし、

12 …… T6

を、縄の各部が受ける力と見なし、

7=X

は、縄のもっとも低い部分の受ける力とします。Wはもちろん女の体重とご承知下さい。どうです、おわかりになりましたか」
 迷亭と主人は顔を見合わせて「たいていわかった」と言う。ただしこの『たいてい』という度合は両人が勝手に作ったのだから、他人の場合には応用ができないかもしれない。
「さて、多角形に関するご存じの平均性理論によりますと、下(しも)のごとく十二の方程式が立ちます。

1 cos α1=T2 cos α2 ……1)
2 cos α2=T3 cos α3 ……2)

……」
「方程式はそのくらいでたくさんだろう」と主人は乱暴な事を言う。
「実はこの式が演説の首脳なんですが」と寒月君は、はなはだ残り惜し気に見える。
「それじゃ首脳だけはおってうかがう事にしようじゃないか」と迷亭も少々恐縮の体(てい)に見受けられる。
「この式を略してしまうとせっかくの力学的研究がまるで駄目になるのですが……」
「なに、そんな遠慮はいらんから、ずんずん略すさ……」と主人は平気で言う。
「それでは仰せに従って、無理ですが略しましょう」
「それがよかろう」と迷亭が妙なところで手をぱちぱちと叩く。



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《第三》 寒月、演説の稽古4



「それから英国へ移って論じますと、『ベオウルフ』(イギリス文学最古の叙事詩)の中に絞首架(こうしゅか)すなわちガルガと申す字が見えますから、絞罪の刑はこの時代から行われたものに違いないと思われます。ブラックストーン(イギリスの法律家)の説によると、もし絞罪に処せられる罪人が、万一、縄の具合で死に切れぬ時はふたたび同様の刑罰を受くべきものだとしてありますが、妙な事には『ピヤース・プローマン』(The Vision of Piers the Plowman『農夫ピアズの夢』/14世紀頃のイギリスの寓意物語宗教詩)の中には、たとい兇漢でも二度絞める法はないという句があるのです。まあ、どっちが本当か知りませんが、悪くすると一度で死ねない事が往々実例にあるので。
 1786年に有名なフィッツジェラルドという悪漢を絞めた事がありました。ところが妙なはずみで一度目には台から飛び降りるときに縄が切れてしまったのです。またやり直すと今度は縄が長過ぎて足が地面へ着いたのでやはり死ねなかったのです。とうとう三べん目に見物人が手伝って往生さしたという話です」
「やれやれ」と迷亭はこんなところへくると急に元気が出る。
「本当に死にぞこないだな」と主人まで浮かれだす。
「まだおもしろい事があります。首をくくると背が一寸ばかり延びるそうです。これはたしかに医者が計ってみたのだから間違いはありません」
「それは新工夫だね。どうだい、苦沙弥などはちと吊ってもらっちゃあ、一寸延びたら人間並みになるかもしれないぜ」と迷亭が主人の方を向くと、主人は案外真面目で「寒月君、一寸くらい背が延びて生き返る事があるだろうか」と聞く。「それは駄目にきまっています。吊られて脊髄が延びるからなんで、早く言うと、背が延びると言うより壊れるんですからね」「それじゃ、まあやめよう」と主人は断念する。
 演説の続きは、まだなかなか長くあって、寒月君は首くくりの生理作用にまで論及するはずでいたが、迷亭がむやみに風来坊のような珍語を挟むのと、主人が時々遠慮なくあくびをするので、ついに中途でやめて帰ってしまった。その晩は寒月君がいかなる態度で、いかなる雄弁をふるったか、遠方で起こった出来事の事だから吾輩には知れよう訳がない。



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《第三》 東風の高輪事件


泉岳寺 石黒敬章編「総天然色写眞版なつかしき東京」
(1992 講談社)より


 二、三日は事もなく過ぎたが、ある日の午後二時頃、また迷亭先生は例のごとく空々(くうくう)として偶然童子のごとく舞いこんで来た。座に着くと、いきなり「君、越智東風の高輪事件(たかなわじけん)を聞いたかい」と旅順陥落の号外を知らせに来たほどの勢いを示す。
「知らん。近頃は会わんから」と主人はいつもの通り陰気である。
「今日はその東風子の失策物語をご報道に及ぼうと思って、忙しいところをわざわざ来たんだよ」
「またそんなぎょうさんな事を言う。君はぜんたい不埒(ふらち/道理にはずれていて、けしからぬこと)な男だ」
「ハハハハハ。不埒と言わんよりむしろ無埒(むらち/迷亭の造語。『埒も無い』の、とりとめもない、たわいもないの意か)の方だろう。それだけはちょっと区別しておいてもらわんと名誉に関係するからな」
「おんなし事だ」と主人はうそぶいている。純然たる天然居士の再来だ。
「この前の日曜に東風子が高輪泉岳寺(たかなわせんがくじ)に行ったんだそうだ。この寒いのによせばいいのに――第一、今時泉岳寺などへ参るのはさも東京を知らない、田舎者のようじゃないか」
「それは東風の勝手さ。君がそれを止める権利はない」
「なるほど権利はまさにない。権利はどうでもいいが、あの寺内に義士遺物保存会という見世物があるだろう。君、知ってるか」
「うんにゃ」
「知らない? だって泉岳寺へ行った事はあるだろう」
「いいや」
「ない? こりゃ驚いた。道理で大変東風を弁護すると思った。江戸っ子が泉岳寺を知らないのは情けない」
「知らなくても教師は務まるからな」と主人はいよいよ天然居士になる。
「そりゃいいが、その展覧場へ東風が入って見物していると、そこへドイツ人が夫婦連れで来たんだって。それが最初は日本語で東風になにか質問したそうだ。ところが先生、例の通りドイツ語が使ってみたくてたまらん男だろう。そら二口三口べらべらやってみたとさ。すると存外うまくできたんだ――後で考えるとそれが災いのもとさね」
「それからどうした」と主人はついにつりこまれる。



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