「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第四》 主人と細君


映画(1936) より

 主人は縁側へ白毛布(しろケット/ blanket )を敷いて、腹ばいになってうららかな春日に甲羅を干している。太陽の光線は存外公平なもので、屋根にペンペン草の目標のある陋屋(ろうおく/みすぼらしい家)でも、金田君の客間のごとく陽気に暖かそうであるが、気の毒な事には毛布(ケット)だけが春らしくない。製造元では白のつもりで織り出して、唐物屋(とうぶつや/舶来品を売る店)でも白の気で売りさばいたのみならず、主人も白という注文で買って来たのであるが――なにしろ十二、三年以前の事だから白の時代はとっくに通り越して、ただ今は濃灰色なる変色の時期に遭遇しつつある。この時期を経過して他の暗黒色に化けるまで毛布の命が続くかどうだかは疑問である。今でもすでにまんべんなくすり切れて、縦横の筋は明らかに読まれるくらいだから、毛布(ケット)と称するのはもはや僭上(せんじょう/大言壮語)の沙汰であって、毛()の字は省いて単にットとでも申すのが適当である。しかし主人の考えでは一年持ち、二年持ち、五年持ち、十年持った以上は生涯持たねばならぬと思っているらしい。ずいぶんのんきな事である。
 さて、その因縁のある毛布の上へ、前(ぜん)申す通り腹ばいになって何をしているかと思うと、両手で出張ったアゴを支えて、右手の指の股に巻煙草を挟んでいる。ただそれだけである。もっとも彼がフケだらけの頭のうちには宇宙の大真理が火の車のごとく回転しつつあるかもしれないが、外部から拝見したところでは、そんな事とは夢にも思えない。
 煙草の火はだんだん吸い口の方へ迫って、一寸ばかり燃え尽くした灰の棒がぱたりと毛布の上に落つるのも構わず、主人は一生懸命に煙草から立ちのぼる煙の行く末を見つめている。その煙は春風に浮きつ沈みつ、流れる輪を幾重にも描いて、紫深き細君の洗い髪の根本へ吹き寄せつつある。――おや、細君の事を話しておくはずだった。忘れていた。



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《第四》 超絶的夫婦


画/司 修


 細君は主人に尻を向けて――なに、失礼な細君だ? 別に失礼な事はないさ。礼も非礼も相互の解釈次第でどうでもなる事だ。主人は平気で細君の尻のところへ頬杖を突き、細君は平気で主人の顔の先へ荘厳なる尻を据えたまでの事で、無礼もヘチマもないのである。ご両人は結婚後一ヵ年も立たぬ間に礼儀作法などと窮屈な境遇を脱却せられた超然的夫婦である。――さてかくのごとく主人に尻を向けた細君はどういう了見か、今日の天気に乗じて、尺に余る緑の黒髪を、麩海苔(ふのり)と生卵でゴシゴシ洗濯せられたものとみえて、癖のない奴を、見よがしに肩から背へ振りかけて、無言のまま子供の袖なしを熱心に縫っている。実はその洗い髪を乾かすために唐縮緬(とうちりめん)の布団と針箱を縁側へ出して、うやうやしく主人に尻を向けたのである。あるいは主人の方で尻のある見当へ顔を持って来たのかもしれない。そこで先刻お話をした煙草の煙が、豊かになびく黒髪の間に流れ流れて、時ならぬ陽炎(かげろう)の燃えるところを主人は余念もなくながめている。


「麩海苔」
フノリ科の紅藻の総称。乾燥ふのりをお湯で煮て濃し、その汁を洗髪に使う。石鹸などの界面活性作用でなく、ふのりのヌメリが髪と汚れの間に入りこみ、頭皮の脂肪と臭いを取り去る効果がある。



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《第四》 禿がある


画/近藤浩一路

 しかしながら煙はもとより一所にとどまるものではない。その性質として上へ上へと立ち登るのだから、主人の目もこの煙の髪毛ともつれ合う奇観を落ちなく見ようとすれば、ぜひとも目を動かさなければならない。主人はまず腰の辺から観察を始めて徐々にと背中を伝って、肩から首筋にかかったが、それを通り過ぎてようよう脳天に達した時、覚えずあっと驚いた。――主人が偕老同穴(かいろうどうけつ/生きてはともに老い、死んでは同じ墓に葬られる意)を契った夫人の脳天の真ん中には真ん丸な大きなハゲがある。しかもそのハゲが暖かい日光を反射して、今や時を得顔に輝いている。思わざるへんに、この不思議な大発見をなした時の主人の目は、まばゆい中に十分の驚きを示して激しい光線で瞳孔の開くのも構わず一心不乱に見つめている。



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《第四》 禿がある2


画/下高原千歳

 主人がこのハゲを見た時、第一に彼の脳裏に浮かんだのは、かの家伝来の仏壇に幾世となく飾りつけられたるお灯明皿(おとうみょうざら)である。彼の一家は真宗で、真宗では仏壇に身分不相応な金をかけるのが古例である。主人は幼少の時、その家の倉の中に薄暗く飾りつけられたる金箔厚き厨子(ずし/仏像・舎利・経巻を安置する仏具)があって、その厨子の中にはいつでも真鍮(しんちゅう)の灯明皿がぶら下って、その灯明皿には昼でもぼんやりした灯がついていた事を記憶している。周囲が暗い中にこの灯明皿が比較的明瞭に輝やいていたので、子供心にこの灯を何べんとなく見た時の印象が、細君のハゲによび起こされて突然飛び出したものであろう。
 灯明皿は一分立たぬ間に消えた。今度は観音様のハトの事を思い出す。観音様のハトと細君のハゲとはなんらの関係もないようであるが、主人の頭では二つの間に密接な連想がある。同じく子供の時分に浅草へ行くと必ずハトに豆を買ってやった。豆は一皿が文久(ぶんきゅう/文久永宝。貨幣)二つで、赤いかわらけ(土器)へ入っていた。そのかわらけが、色といい大きさといいこのハゲによく似ている。
「なるほど似ているな」と主人が、さも感心したらしく言うと、「なにがです」と細君は見向きもしない。
「なにだって、おまえの頭にゃ大きなハゲがあるぜ。知ってるか」
「ええ」と細君は依然として仕事の手をやめずに答える。別段露見を恐れた様子もない。超然たる模範細君である。
「嫁にくるときからあるのか、結婚後新たにできたのか」と主人が聞く。もし嫁にくる前からハゲているなら欺されたのであると口へは出さないが心のうちで思う。
「いつできたんだか覚えちゃいませんわ、ハゲなんざどうだっていいじゃありませんか」と、おおいに悟ったものである。
「どうだっていいって、自分の頭じゃないか」と主人は少々怒気を帯びている。
「自分の頭だから、どうだっていいんだわ」と言ったが、さすが少しは気になるとみえて、右の手を頭に乗せてくるくるハゲを撫でてみる。「おや、だいぶ大きくなった事、こんなじゃ無いと思っていた」と言ったところをもってみると、年に合わずしてハゲがあまり大き過ぎるという事をようやく自覚したらしい。
「女は髷(まげ)に結うと、ここがつれますから誰でもハゲるんですわ」と少しく弁護しだす。
「そんな速度でみんなハゲたら、四十くらいになれば、からヤカンばかりできなければならん。そりゃ病気に違いない。伝染するかもしれん。今のうち早く甘木さんに診てもらえ」と主人はしきりに自分の頭を撫でまわしてみる。
「そんなに人の事をおっしゃるが、あなただって鼻の穴へ白髪が生えてるじゃありませんか。ハゲが伝染するなら白髪だって伝染しますわ」と細君少々ぷりぷりする。
「鼻の中の白髪は見えんから害はないが、脳天が――ことに若い女の脳天がそんなにハゲちゃ見苦しい。不具(かたわ)だ」
「不具(かたわ)なら、なぜおもらいになったのです。ご自分が好きでもらっておいて不具だなんて……」
「知らなかったからさ。まったく今日まで知らなかったんだ。そんなに威張るなら、なぜ嫁に来る時、頭を見せなかったんだ」
「馬鹿な事を! どこの国に頭の試験をして及第したら嫁にくるなんてものがあるもんですか」


「文久」
文久永宝(ぶんきゅうえいほう)は、幕末に流通した銭の一種。鋳造は、文久3年(1863年)2月から慶応3年(1867年)まで。
明治政府が、当時の相場によって明治4年12月に定め、明治7年9月に最終的に布告した交換割合は「2枚=3厘」。交換期限は、当初は明治8年末までとなっていたがたびたび延長され、最終的には昭和28年末まで有効だった。



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《第四》 臥竜窟


画/久保孝雄 孔明を臥竜窟(岡)に訪ねる劉備

「ハゲはまあ我慢もするが、おまえは背が人並みはずれて低い。はなはだ見苦しくていかん」
「背は見ればすぐわかるじゃありませんか、背の低いのは最初から承知でおもらいになったんじゃありませんか」
「それは承知さ。承知には相違ないがまだ延びるかと思ったからもらったのさ」
「ハタチにもなって背が延びるなんて――あなたもよっぽど人を馬鹿になさるのね」と細君は袖なしを放り出して主人の方にねじ向く。返答次第ではその分にはすまさんという剣幕である。
「ハタチになったって背が延びてならんという法はあるまい。嫁に来てから滋養分でも食わしたら、少しは延びる見こみがあると思ったんだ」と真面目な顔をして妙な理屈を述べていると、門口のベルが勢いよく鳴り立てて『頼む』という大きな声がする。いよいよ鈴木君がペンペン草を目あてに苦沙弥先生の臥竜窟(がりょうくつ/まだ世に知られないでいる大人物が住んでいる所)を尋ねあてたとみえる。



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《第四》 鈴木藤十郎来宅


映画(1975) より

 細君は喧嘩を後日に譲って、あわただしく針箱と袖なしを抱えて茶の間へ逃げこむ。主人は鼠色の毛布(ケット)を丸めて書斎へ投げこむ。やがて下女が持って来た名刺を見て、主人はちょっと驚いたような顔つきであったが、「こちらへお通し申して」と言い棄てて、名刺を握ったまま後架(こうか/便所)へ入った。なんのために後架へ急に入ったかいっこう要領を得ん。なんのために鈴木藤十郎君の名刺を後架まで持っていったのか、なおさら説明に苦しむ。とにかく迷惑なのは臭い所へ随行を命ぜられた名刺君である。


※同時代人で日糖(日本精製糖株式会社)社長の鈴木藤三郎(1855-1912)という人がいた。迷亭にも関わりがある静岡県は森の出身である。三井物産を“六つ井”と洒落た漱石、名前を借用したのかも知れぬ。(J・KOYAMA)

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《第四》 吾輩は布団の上


映画(1975) より

 下女が更紗(さらさ)の座布団を床(とこ)の前へ直して、どうぞこれへと引き下がった。後で、鈴木君は一応室内を見まわす。床に掛けた『花開 万国春』(はなひらく ばんこくのはる/『臨済録』「野老花を拈(ねん)ずる万国の春」から)とある木菴(もくあん/木菴禅師)の贋物(にせもの)や、京製の安青磁(やすせいじ)に生けた彼岸桜などを一々順番に点検した後で、ふと下女の勧めた布団の上を見ると、いつの間にか一匹の猫がすまして座っている。申すまでもなく、それはかく申す吾輩である。この時、鈴木君の胸のうちにちょっとの間、顔色にも出ぬほどの風波が起こった。この布団は疑いもなく鈴木君のために敷かれたものである。自分のために敷かれた布団の上に自分が乗らぬ先から、断りもなく妙な動物が平然と蹲踞(そんきょ/うずくまること)している。これが鈴木君の心の平均を破る第一の条件である。


「木菴」
承応3年(1654)明より隠元に従って来朝、黄檗山万福寺二世の住職となった禅僧。隠元、即非とともに、黄檗三筆と言われる。
「木菴の手蹟(書)の掛け軸の贋物」の意。



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《第四》 吾輩は布団の上2


画/柳井愛子

 もしこの布団が勧められたまま、主なくして春風の吹くに任せてあったなら、鈴木君はわざと謙遜の意を表して、主人が「さあ、どうぞ」と言うまでは堅い畳の上で我慢していたかもしれない。しかし早晩自分の所有すべき布団の上に挨拶もなく乗ったものは誰であろう、人間なら譲る事もあろうが猫とはけしからん。乗り手が猫であるというのが一段と不愉快を感ぜしめる。これが鈴木君の心の平均を破る第二の条件である。
 最後にその猫の態度がもっとも癪(しゃく)に障る。少しは気の毒そうにでもしているならともかく、乗る権利もない布団の上に傲然と構えて、丸い無愛嬌な目をぱちつかせて「おまえは誰だい」と言わぬばかりに鈴木君の顔を見つめている。これが平均を破壊する第三の条件である。
 これほど不平があるなら、吾輩の首根っこを捉(とら)えて引きずりおろしたらよさそうなものだが、鈴木君はだまって見ている。堂々たる人間が猫に恐れて手出しをせぬという事は有ろうはずがないのに、なぜ早く吾輩を処分して自分の不平をもらさないかというと、これはまったく鈴木君が一個の人間として自己の体面を維持する自重心の故であると察せらるる。もし腕力に訴えたなら三尺の童子も吾輩を自由に上下しうるであろうが、体面を重んずる点より考えると、いかに金田君の股肱(ここう/主君の手足となって働く、最も頼りになる家来や部下。腹心)たる鈴木藤十郎その人も、この二尺四方の真ん中に鎮座まします猫大明神をいかんともする事ができぬのである。いかに人の見ていぬ場所でも、猫と座席争いをしたとあってはいささか人間の威厳に関する。真面目に猫を相手にして曲直(きょくちょく)を争うのはいかにもおとなげない。滑稽である。この不名誉を避けるためには多少の不便は忍ばねばならぬ。しかし忍ばねばならぬだけそれだけ猫に対する憎悪の念は増す訳であるから、鈴木君は時々吾輩の顔を見ては苦い顔をする。吾輩は鈴木君の不平な顔を拝見するのがおもしろいから、滑稽の念を抑えてなるべく何食わぬ顔をしている。



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《第四》 主人、後架より出て


映画(1936) より

 吾輩と鈴木君の間に、かくのごとき無言劇が行われつつある間に、主人は身なりを整え後架(こうか/便所)から出て来て「やあ」と席に着いたが、手に持っていた名刺の影さえ見えぬところをもってみると、鈴木藤十郎君の名前は臭い所へ無期徒刑に処せられたものとみえる。名刺こそとんだ厄運(やくうん)に際会したものだと思う間もなく、主人は「この野郎」と吾輩の襟がみをつかんで、えい、とばかりに縁側へたたきつけた。



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《第四》 十八金


映画(1975) より

「さあ敷きたまえ。珍しいな。いつ東京へ出て来た」と主人は旧友に向かって布団を勧める。鈴木君はちょっとこれを裏返した上で、それへ座る。
「ついまだ忙しいものだから報知もしなかったが、実はこの間から東京の本社の方へ帰るようになってね……」
「それは結構だ。だいぶ長く逢わなかったな。君が田舎へ行ってから初めてじゃないか」
「うん、もう十年近くになるね。なに、その後、時々東京へは出て来る事もあるんだが、つい用事が多いもんだからいつでも失敬するような訳さ。悪く思ってくれたもうな。会社の方は君の職業とは違ってずいぶん忙しいんだから」
「十年経つうちにはだいぶ違うもんだな」と主人は鈴木君を見上げたり見下ろしたりしている。鈴木君は頭をきれいに分けて、英国仕立てのツイードを着て、派手なネクタイをして、胸に金鎖りさえピカつかせている体裁、どうしても苦沙弥君の旧友とは思えない。
「うん、こんな物までぶら下げなくちゃならんようになってね」と鈴木君はしきりに金鎖りを気にしてみせる。
「そりゃ本ものかい」と主人は無作法な質問をかける。
「十八金だよ」と鈴木君は笑いながら答えたが「君もだいぶ年を取ったね。たしか子供があるはずだったが、一人かい」
「いいや」
「二人?」
「いいや」
「まだあるのか、じゃ三人か」
「うん。三人ある。この先、幾人できるかわからん」
「あいかわらず気楽な事を言ってるぜ。一番大きいのはいくつになるかね、もうよっぽどだろう」
「うん。いくつかよく知らんがおおかた六つか七つかだろう」
「ハハハ。教師はのんきでいいな。僕も教員にでもなればよかった」
「なってみろ、三日でイヤになるから」
「そうかな。なんだか上品で、気楽で、ひまがあって、すきな勉強ができて、よさそうじゃないか。実業家も悪くもないが我々のうちは駄目だ。実業家になるならずっと上にならなくっちゃいかん。下の方になるとやはりつまらんお世辞を振りまいたり、好かん猪口(ちょこ)をいただきに出たりずいぶん愚なもんだよ」



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