「吾輩は猫である」

  挿画でつづる漱石の猫 I AM A CAT illustrated
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《第九》 鏡は風呂場から


映画(1975) より

 風呂場にあるべき鏡が、しかも一つしかない鏡が書斎に来ている以上は、鏡が夢遊病にかかったのか、または主人が風呂場から持って来たに相違ない。持って来たとすればなんのために持って来たのだろう。
 あるいは例の消極的修養に必要な道具かもしれない。昔、ある学者がなんとかいう智識(善智識。悟りを得た名僧のこと)を訪(と)うたら、和尚、もろ肌をぬいで瓦を磨(ま)しておられた。『何をこしらえなさる』と質問をしたら、『なにさ、今、鏡を造ろうと思うて一生懸命にやっておるところじゃ』と答えた。そこで学者は驚いて『なんぼ名僧でも瓦を磨(ま)して鏡とする事はできまい』と言うたら、和尚、からからと笑いながら『そうか、それじゃやめよ。いくら書物を読んでも道はわからぬのもそんなものじゃろ』と罵ったと言うから、主人もそんな事を聞きかじって風呂場から鏡でも持って来て、したり顔に振りまわしているのかもしれない。だいぶ物騒になってきたなと、そっとうかがっている。


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《第九》 鏡で仰天


画/吉崎正巳

 かくとも知らぬ主人ははなはだ熱心なる様子をもっていっちょうらの鏡を見つめている。元来、鏡というものは気味の悪いものである。深夜、ろうそくを立てて、広い部屋のなかで一人鏡をのぞきこむにはよほどの勇気がいるそうだ。吾輩などは初めて当家の令嬢から鏡を顔の前へ押しつけられた時に、はっと仰天して屋敷のまわりを三度駆けまわったくらいである。いかに白昼といえども、主人のようにかく一生懸命に見つめている以上は自分で自分の顔が怖くなるに相違ない。ただ見てさえあまり気味のいい顔じゃない。


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《第九》 ぷうっと


画/近藤浩一路

 ややあって主人は「なるほどきたない顔だ」とひとり言を言った。自己の醜を自白するのはなかなか見上げたものだ。様子から言うとたしかに気違いの所作だが、言うことは真理である。これがもう一歩進むと、己の醜悪な事が怖くなる。人間は我が身が怖ろしい悪党であるという事実を徹骨徹髄(物事の中核・真底にまで達すること)に感じた者でないと苦労人とは言えない。苦労人でないととうてい解脱(げだつ)はできない。主人もここまで来たらついでに「おお、怖い」とでも言いそうなものであるがなかなか言わない。
「なるほどきたない顔だ」と言った後で、何を考え出したか、ぷうっとほっぺたを膨らました。そうしてふくれたほっぺたを平手で二、三度叩いてみる。なんのまじないだかわからない。この時吾輩は、なんだかこの顔に似たものがあるらしいという感じがした。よくよく考えてみるとそれはおさんの顔である。


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《第九》 河豚提灯




 ついでだからおさんの顔をちょっと紹介するが、それはそれはふくれたものである。この間、さる人が穴守稲荷(あなもりいなり)からフグの提灯をみやげに持って来てくれたが、ちょうどあのフグ提灯のようにふくれている。あまりふくれ方が残酷なので目は両方とも紛失している。


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《第九》 多角性のおさん


映画(1936) より

 もっともフグのふくれるのはまんべんなく真ん丸にふくれるのだが、おさんとくると元来の骨格が多角性であって、その骨格通りにふくれ上がるのだから、まるでむくみになやんでいる六角時計のようなものだ。おさんが聞いたらさぞ怒るだろうから、おさんはこのくらいにしてまた主人の方に帰るが、かくのごとくあらん限りの空気をもってほっぺたをふくらませたる彼は、前(ぜん)申す通り手のひらでほっぺたを叩きながら「このくらい皮膚が緊張するとあばたも目につかん」と、またひとりごとを言った。
 こんどは顔を横に向けて半面に光線を受けた所を鏡にうつしてみる。「こうして見ると大変目立つ。やっぱりまともに日の向いてる方が平に見える。奇体な物だなあ」とだいぶ感心した様子であった。
 それから右の手をうんと伸ばして、できるだけ鏡を遠距離に持って行って静かに熟視している。「このくらい離れるとそんなでもない。やはり近過ぎるといかん。――顔ばかりじゃない。なんでもそんなものだ」と悟ったようなことを言う。




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《第九》 べっかんこう


画/下高原千歳

 次に鏡を急に横にした。そうして鼻の根を中心にして目や額や眉を一度にこの中心に向かってくしゃくしゃとあつめた。見るからに不愉快な容貌ができあがったと思ったら「いや、これは駄目だ」と当人も気がついたとみえて早々やめてしまった。
「なぜ、こんなに毒々しい顔だろう」と少々不審の体(てい)で、鏡を目を去る三寸ばかりの所へ引き寄せる。右の人さし指で小鼻を撫でて、撫でた指の頭を机の上にあった吸い取り紙の上へ、うんと押しつける。吸い取られた鼻のあぶらが丸く紙の上へ浮き出した。いろいろな芸をやるものだ。それから主人は鼻のあぶらを塗りつけた指を転じて、ぐいと右目の下まぶたを裏返して、俗に言うべっかんこうをみごとにやってのけた。あばたを研究しているのか、鏡とにらめくらをしているのか、その辺は少々不明である。気の多い主人の事だから見ているうちにいろいろになると見える。


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《第九》 鏡と自己研究


映画(1936) より

 それどころではない。もし善意をもって蒟蒻問答(こんにゃくもんどう/落語の「蒟蒻問答」から。とんちんかんな解釈で)的にこじつけで解釈してやれば、主人は見性自覚(けんしょうじかく/禅語。自己の本性を悟ること)の方便として、かように鏡を相手にいろいろなしぐさを演じているのかもしれない。
 すべて人間の研究というものは自己を研究するのである。天地といい、山川(さんせん)といい、日月(じつげつ)といい、星辰(せいしん/星座)と言うも皆、自己の異名に過ぎぬ。自己をおいて他に研究すべき事項は誰れ人(たれびと)にも見出し得ぬ訳だ。もし人間が自己以外に飛び出す事ができたら、飛び出すとたんに自己はなくなってしまう。しかも自己の研究は自己以外に誰もしてくれる者はない。いくらつかまつってやりたくても、もらいたくても、できない相談である。それだから古来の豪傑はみんな自力で豪傑になった。人のおかげで自己がわかるくらいなら、自分の代理に牛肉を食わして、堅いか柔らかいか判断のできる訳だ。
 朝(あした)に法を聞き、夕(ゆうべ)に道を聞き、梧前灯下(ごぜんとうか/書斎)に書巻を手にするのは、皆この自証を挑発するの方便(自分の力で悟りを得ようという気持ちをかきたてる手段)の具に過ぎぬ。人の説く法のうち、他の弁ずる道のうち、ないしは五車にあまる蠧紙堆裏(としたいり)(【荘子】『天下篇』から。5台の車に満ちるほどの多くの虫の食った本にうずまった中)に自己が存在するゆえんがない。あれば自己の幽霊である。もっとも、ある場合において幽霊は無霊(むれい)より優るかもしれない。影を追えば本体に逢着(ほうちゃく)する時がないとも限らぬ。多くの影はたいてい本体を離れぬものだ。この意味で主人が鏡をひねくっているならだいぶ話せる男だ。エピクテタスなどを鵜のみにして学者ぶるよりもはるかにましだと思う。


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《第九》 鏡と自己研究2



 鏡はうぬぼれの醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である。もし浮華虚栄の念をもってこれに対する時は、これほど愚物を煽動(せんどう/気持ちをあおり、ある行動を起こすようにしむけること)する道具はない。昔から増上慢(ぞうじょうまん/自分を過信して思い上がること)をもって己を害し、他を傷つけた事蹟の三分の二は、たしかに鏡の所作である。


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《第九》 鏡と自己研究3



 フランス革命の当時、物好きなお医者さんが改良首きり器械(ギロチン)を発明してとんだ罪をつくったように、初めて鏡をこしらえた人もさだめし寝覚めの悪い事だろう。しかし自分に愛想の尽きかけた時、自我の萎縮した折は、鏡を見るほど薬になる事はない。妍醜瞭然(けんしゅうりょうぜん/美醜が明白)だ。こんな顔でよくまあ人で候(そうろう)と反りかえって今日(こんにち)まで暮らされたものだと気がつくにきまっている。そこへ気がついた時が人間の生涯中、もっともありがたい期節である。自分で自分の馬鹿を承知しているほど尊(たっ)とく見える事はない。この自覚性馬鹿の前には、あらゆるえらがり屋がことごとく頭を下げて恐れいらねばならぬ。当人は昂然(こうぜん)として吾を軽侮嘲笑しているつもりでも、こちらから見るとその昂然たるところが恐れいって頭を下げている事になる。主人は鏡を見て己の愚を悟るほどの賢者ではあるまい。しかし我が顔に印せられる痘痕(とうこん)の銘(めい)くらいは公平に読み得る男である。顔の醜いのを自認するのは、心の賤しきを会得(えとく)する楷梯(かいてい)にもなろう。たのもしい男だ。これも哲学者からやりこめられた結果かもしれぬ。


「物好きなお医者さんが改良首きり器械」
フランスの医師 Joseph Igunace Guillotin(1738 - 1814)が開発した断頭台(ギロチン)のこと。


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《第九》 鏡と自己研究4



 かように考えながらなお様子をうかがっていると、それとも知らぬ主人は思う存分あかんべえをした後で「だいぶ充血しているようだ。やっぱり慢性結膜炎だ」と言いながら、人さし指の横つらでぐいぐい充血したまぶたをこすり始めた。おおかた痒いのだろうけれども、たださえあんなに赤くなっているものを、こうこすってはたまるまい。遠からぬうちに塩鯛の目玉のごとく腐乱するにきまってる。やがて目を開いて鏡に向かったところを見ると、果たせるかな、どんよりとして北国の冬空のように曇っていた。もっともふだんからあまり晴れ晴れしい目ではない。誇大な形容詞を用いると混沌として黒目と白目がはっきり区別できないくらい漠然としている。彼の精神が朦朧(もうろう)として要領を得ないように一貫しているごとく、彼の目も曖々然(あいあいぜん)昧々然(まいまいぜん)(「曖昧」を強調して)として、とこしえに眼窩(がんか)の奥に漂うている。これは胎毒(たいどく/乳幼児の頭や顔にできる皮膚病の俗称。母体内で受けた毒が原因と思われていた)のためだとも言うし、あるいは疱瘡(ほうそう/天然痘)の余波だとも解釈されて、小さい時分はだいぶ柳の虫や赤蛙(江戸時代から伝わる伝統薬で小児の疳の虫(かんのむし/疳の虫によって起こるとされる、小児の神経症。夜泣きやひきつけなどの発作を起こす病気)の妙薬とされていた)の厄介になった事もあるそうだが、せっかく母親の丹精も、あるにその甲斐あらばこそ、今日(こんにち)まで生まれた当時のままでぼんやりしている。


「柳の虫や赤蛙」
『赤蛙丸』(あかひきがん)
古い中国の医書・本草書には、ヒキガエルの類(ガマやヒキガエル)が一切の五疳・八痢・腫毒・破傷風病・脱肛を治すとあり、これから発展して赤蛙(アカガエル)を疳の虫の妙薬としたようで、江戸時代には赤蛙を生きたまま持ち歩き注文があればその場で料理して売り、また関西では赤蛙の腹を抜いて一匹ずつ串刺しにして干したのを籠に入れて“アカガエルェー”と売り声をあげて売り歩き、これを醤油につけて子供に食べさせたとのこと。
おくすり博物館・昔はこんな薬もありましたより引用)
柳につく虫も、赤蛙とともに小児の疳の妙薬とされた。


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